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Romantic day in Copenhagen

1/9/2018(Copenhagen)
イギリスでポンド、スイスでフラン、デンマークでクローネ。ユーロが誕生した2002年以前の旅行をしているような感覚ですが、最後の目的地はおとぎの国の首都コペンハーゲン。デンマーク語で正しくはKøbenhavnなので、クヴンハヴンと発音するようにします。アンデルセンを生んだデンマークの世界幸福度は今年度もトップ3に入っており、明るくてユーモアに溢れ、遊び心と活気に満ちた街中を一日中歩きながら、この街で紡がれている多くの物語に想いを馳せました。

.01 2018 海外漫遊 comment(-) trackback(-)

Danish traditional food "Smørrebrød"

1/9/2018(Copenhagen)
メルヒェンの街・コペンハーゲン。伝統料理スモーブローで名高い老舗「スロッツケラン・ホス・ギッテ・キック」で、オールボー・タッフェル・アクアビットを楽しんでいます。つまりデンマーク産ジャガイモ焼酎!
http://slotskaelderen.dk

 
.01 2018 海外漫遊 comment(-) trackback(-)

Auf Wiedersehen, Luzern!

1/9/2018(Luzern)
連合軍最高司令官ダグラス・マッカーサーは「日本は太平洋のスイスたれ」と言ったそうですが、スイスの歴史を紐解けば日本とスイスの間にある大きな乖離は明確で、ヨーロッパ大陸に対する位置関係が歴史において宿命的に大きな意味を持つことに気づきます。これからも旅を学び、旅から多くを学びたい。ありがとうルツェルン!

.31 2018 海外漫遊 comment(-) trackback(-)

One day in Zürich

24/8/2018(Zürich)
深夜の雷雨は夏の名残。雷鳴が教会の鐘に交替する頃、チューリッヒは夜明けを迎えました。ホテルの窓辺で時を刻む聖ペーター教会は、直径8.7mというヨーロッパ最大の文字盤を持つ時計。家内の一番好きな店があるミュンスター通りでハーブティーを買い、チューリッヒ湖の水辺で美しい午前を過ごしました。

 
.24 2018 海外漫遊 comment(-) trackback(-)

Via London...

23/8/2018(London)
ヒースロー空港がとにかくエキサイティング。今回のバカンスは10泊12日なので、のんびり過ごします。

 
.23 2018 海外漫遊 comment(-) trackback(-)

El imperio en el que nunca se pone el sol...

2/7/2018(Xàbia/Jávea)
かつてのスペインは無敵艦隊によって知られた「日の沈まぬ帝国」。紺碧の地中海が穏やかであればあるほど、その波音が紡ぐ激動の歴史は悠久のものに感じられ、波打ち際を占める美しく磨かれた白い小石に観感興起します。美しい時間はあっという間に終わりを告げましたが、ここで見た水面の光は永遠の情景です。また来年!

 
.02 2018 海外漫遊 comment(-) trackback(-)

The Mediterranean Blue

1/7/2018(Xàbia/Jávea)
同じ海岸を持つ地中海なのに、フランス語のazurとスペイン語のazulでは響きが違えば、色まで異なって見えます。それが音楽。波音を背にして、地中海から空の紺碧に向かう石畳の坂道を登る毎日はそろそろ終わりに近づいてきました。審査中のコンサートピアニストの口癖は「練習しなければ!」。そのとおり。

 
 
.01 2018 海外漫遊 comment(-) trackback(-)

hora sexta...

30/6/2018(Xàbia/Jávea)
シエスタがこれほどまでに重要だということは、スペインで仕事をして最も驚かされた件。大学時代に学んだはずのロシア語はすっかり記憶から消えてしまいましたが、かわりにアルバイト先のペルー料理屋で使っていたスペイン語が一つずつ甦ってきて、心地よい滞在になってきました。

.30 2018 海外漫遊 comment(-) trackback(-)

Arrived at Xàbia/Jávea, Spain

26/6/2018(Xàbia/Jávea)
バレンシア空港からカーチェイスのように高速道路を飛ばすこと1時間。ほぼ一日がかりでスペインのシャビア(カスティーリャ語ではハベア)に到着。久しぶりの地中海は海と空の色が同じ。アフリカ大陸を遠くに感じながら、人気リゾート地でエキサイティングな1週間を楽しんできます。

 
.26 2018 海外漫遊 comment(-) trackback(-)

Via Istanbul

26/6/2018(Istanbul)
飛んでイスタンブール。ヨーロッパを震えさせてきた大国トルコの今昔物語をいつか追いかけてみたい。ここはかつてのコンスタンティノープル。

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Thank you everyone for everything in Budapest!

9/4/2018(Budapest)
ありがとうブダペスト! さようならブダペスト!

.09 2018 海外漫遊 comment(-) trackback(-)

Boat Cruise on the Danube

3/4/2018(Budapest)
夜のドナウ河クルージングはマスタークラスのクライマックス。毎年ながらドナウの真珠が若い才能たちに降り注いでいるのを見る時、この光の魔法に取り込まれて、彼らの将来に幸多からんことを祈ってやみません。

 
 
.03 2018 海外漫遊 comment(-) trackback(-)

Romanesque Hall of the Museum of Fine Arts in Budapest

2/4/2018(Budapest)
ブダペストの街中を歩いていると、二重帝国の一翼を担ったハンガリーの誇り高さが伝わってきます。この時代になって民族意識が高まったというよりは、ハンガリーの場合、強い民族意識の連続が歴史になっているといえるように思います。限定公開された国立西洋美術館の「ルネサンスの間」でも、壁面に描かれているのはアールパート朝歴代の王であり、フニャディ家とルクセンブルク家との関係も見て取れるようになっています。千年王国を祝祭するハンガリー独特の図像も鮮やかに修復されました。今日まで期間限定で公開されていました。エステルハージ家のコレクションが蒐集されたこの美術館は、スペイン絵画に関してはプラド美術館に次ぐ規模なので、再開が待ち遠しいです。
http://www.szepmuveszeti.hu/

 
 
 
.02 2018 海外漫遊 comment(-) trackback(-)

Beethoven in Heiligenstadt

31/3/2018(Wien)
トラムD線の終着駅はベートーヴェンガング。ここから「ベートーヴェンの散歩道」は始まります。ブダペスト郊外に美しい緑が広がるマルトンバーシャールがあるように、ウィーン郊外のこの丘陵地はベートーヴェンにとって創作の泉でした。今ではすっかり高級住宅地になってしまい、ベートーヴェンが生きた頃の牧歌的な光景は見られませんが、散歩に沿って流れる小川のせせらぎは《田園》交響曲から聞くことができます。ハイリゲンシュタットは自然主義者ベートーヴェンにとって、音が溢れる環境だったにちがいありません。詩人グリルパルツァーの家の2階を借りた「ベートーヴェン夏の家」では、この交響曲第6番が産声をあげ、今日ホイリゲになっている「マイヤーの家」では、シラーの詩に寄せた歓喜の歌(《第九》交響曲の第4楽章)がいよいよ体現されようとしていました。同時にベートーヴェンにとって苦悩の場所でもありました。奇しくも聴覚を失いつつあるベートーヴェンがここで生々しく聞いた音は、甥カールの銃声でした。1802年10月に彼は『ハイリゲンシュタットの遺書』を残しますが、彼はこの「遺書の家」に生涯11回にわたって滞在することになります。前傾屈で眉間に皺を寄せて歩く気難しいベートーヴェンと、軒を並べる賑やかなホイリゲはあまりに対照的です。ホイリゲでワインに酔うシューベルトは生粋のウィーンっ子であり、ベートーヴェンの生き様とは全く異質。ベートーヴェンは「生きる」ということを真剣に考えた人で、あまりに真剣に考えたために全人類の苦悩を背負い、人類愛を説かなければならなかったのかもしれません。《田園》から聞かれるのは、彼の死ぬ瞬間でさえ鳴り止まなかった苦悩の雷鳴です(彼の没日は激しい雷雨だったと伝えられています)。ハイリゲンシュタットを訪れると、私たちはベートーヴェンの苦悩の大きさを思い知りますが、いつもそれを乗り越えようとした彼の愛の大きさにむしろ胸を打たれます。ベートーヴェンへの愛、それは深まる愛です。展示室ではBBCが制作した『Beethoven's Eroica』(2003)が上映されています。《英雄》もまたハイリゲンシュタットで作曲された交響曲。世界を永遠に変えた瞬間を描いたドキュメンタリーフィルムなので、ここでシェアしたいと思います。
https://youtu.be/UtA7m3viB70

 
 
 
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Der Vorbote des Fruehlings

31/3/2018(Wien)
復活祭の散歩(Der Osterspaziergang)で思い出されるのはゲーテの春の歌。ハイリゲンシュタットの小径を歩きながら、ウィーンに生きた作曲家の面影を見て回った後、ヌスドルフで一軒のレストランに入りました。看板に描かれている白アスパラガスは、この店の何よりの信頼の証。フランクフルトのゲーテもグリューネゾーセ(春の七草ソース)を添えた子牛肉とアスパラガスを好んだと言われていますが、ヨーロッパの皆がこの春の便りを待ち焦がれたことでしょう。お供の白ワインには、春の花蜜が香り立つグリュナー・フェルトリーナー。今年度最後に出会った至高の味覚。

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Das Grab von Gustav Mahler in Grinzinger Friedhof

31/3/2018(Wien)
ようやくグリンツィングの墓参が叶いました。鳥の鳴き声に囲まれて、マーラーの作品のあれこれが思い出されます。彼の墓石は名前が小さく刻まれているだけで、「私の墓を訪ねる人なら私が何者かわかるはずだ。それ以外の者には用はない」と言ったとおり、とても分かりにくい場所にあるので、さすがにインターネットで調べました。マーラの音楽を聴くたび、深い感謝が溢れてきます。芥川也寸志先生にかわりデヴィッド・ハウエル先生が芦屋交響楽団を振られた際、当時5歳だった私はその指揮台の横でマーラーの交響曲第1番をほぼ記憶しました。私がピアノを弾き続けている理由の一つは、マーラーの全ての交響曲をピアノソロ(オットー・ジンガー編曲)で演奏するのが夢だからです。3年前にスカラ座でアンドリス・ネルソンスがボストン交響楽団を振って第6番を演奏した時、ミラノの聴衆が総立ちになり(Bravoではなく)「Grazie, maestro!」と投げ掛けていたのに涙が溢れ、マーラーが一つの言語であり、世界市民的な一体感を覚えたものです。チョン・ミュンフンの指揮は全曲聴くために、東京だけでなくソウルやパリまで追っています。40歳を迎えるにあたり、そろそろマーラーを弾き始めたいと心が訴えています。

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Walking all the day in Wien

30/3/2018(Wien)
ウィーン4区に住む教え子を訪ねました。出会った頃は幼稚園児だった彼も、まもなく6年生を終えようとしています。久しぶりに演奏を聴かせてもらい、彼が11歳で留学を決めたことは賢明だったと改めて思いました。師弟関係は上下の繋がりではないので、これからはヨーロッパで闘う異邦人どうしとして、共に切磋琢磨していきたいです。ウィーン市街を南から北までひたすら歩いた一日。途中で重い靴を捨て、新しい靴を買い直した時、眼が開いたような感覚がありました。バックパッカーとして諸国を遍歴していた頃が懐かしいですが、今は20代よりはるかに充実しています。

 
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Easter vacation in Wien

29/3/2018(Wien)
聖なる3日間(聖木曜日~)はウィーンで過ごします。旧市街を歩いていると、愛用した山川出版社の世界史用語集(実際は地理で大学受験したのですが)で記憶して以来の年号や事柄が頭の中で渦巻いて、一歩ずつがとても重く感じられます。ウィーンにはもう十数回訪れており、いつもこのような感じですが、訪れるたびに見える歴史の奥行きが変わるのは楽しいこと。頭も足も疲れた時は、街の至るところにあるイースター・マーケットで献杯。そしてお気に入りの店を巡っています。

 
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Springtime in Budapest

28/3/2018(Budapest)
ヨーロッパはまだ肌寒く、花満開の季節には到っていませんが、まもなくブダペストでも春の音楽祭が開幕。春は音楽が運んでくるのです。昨晩のうちに私だけブダペストに戻り、家にこもって夜通しデスクワーク。イースター休暇が終わると同時に、リスト音楽大学でブダペスト国際ピアノマスタークラスが始まります。私もつかの間のバカンスを楽しむことにします。

 
 
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One day in Kecskemét

27/3/2018(Kecskemét)
ドナウとティサというハンガリーの伝説を語り継いできた2つの大河に挟まれ、ケチケメートは複雑で豊かな歴史を育んできました。義父の日記にはフン族に遡る歴史や詩がよく出てきます。ハンガリー語を巧みに操った義父の傍で、娘は歌詞の意味が分からないまま古い民謡を口ずさんで育ちました。そうした民謡はコダーイやバルトークの精神につながるもので、食卓を囲みながら友人たちと酒を飲み、歌い、踊る時、人は交わるのです。それが本来の人間の営みであり、文化であり、音楽のあり方でした。宗教的な崇高さや高度に洗練された様式とは無縁ですが、今日の昼下がりに受けたもてなしのような慎ましやかな家庭の日常に、音楽が最も生き生きと響いているのを感じました。

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第2回ダヌビア・タレンツ国際音楽コンクール(ハンガリー・ヴァーツ)のレポートを執筆しました。
 

2017年の新譜CD《インヴェンションへのオマージュ》(キングインターナショナル)です。
 

インタビューを全面記事で掲載していただきました。
 

〈今月の1曲〉シューマン『飛翔』の練習課題を執筆しました。
 

特集「コンクール奮闘記」にて執筆しました。また、インタビュー記事や多摩で開催された「CASIO Music Baton」のレポートも掲載されています。
 

特集「“聴く”ってなあに?」にて執筆しました。また、台湾で開催された「CELIVIANO Grand Hybrid」のレポート記事も掲載されています。
 

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2017の出演について、また京都で開催された「CASIO Music Baton」のレポートも掲載されています。
 

特集「今どき!電子ピアノ事情」にて執筆しました。
 

特集「はじめての先生に教えたい!コンクール活用術」にて、ピアニストのプログラム構成法について執筆しました。
 

「ピアニストが語る2017年春夏のスケジュール」にて執筆しました。
 

新譜CD《そして鐘は鳴る》について、インタビューを全面記事で掲載していただきました。
 

特集「フィギュアスケートを彩るクラシック」にて執筆しました。また、ベストドレッサー賞の授賞式における演奏についてレポート取材が掲載されています。
 

金沢での「CASIO Music Baton」についてレポート取材が掲載されています。
 

2016年の新譜CD《そして鐘は鳴る》(キングインターナショナル)です。
 

初執筆のエッセイ本《赤松林太郎 虹のように》(道和書院)です。
 

表紙&巻頭インタビューが6頁にわたり掲載されています。
 

導入期のペダリングについて執筆しました。
 

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2016の出演についてレポート取材が掲載されています。
 

特集「私のピアノ黎明期」にて、幼少時代(写真付)のことを執筆しました。
 

飯田有抄さんにモデルレッスン生を務めていただき、対談形式でレッスンの様子が6頁にわたり掲載されています。
 

誌上講座にてシューマン作品の指導法「ポエジーこそがシューマンの魅力であり演奏の難しさでもある」を執筆しました。
 

2014年の新譜CD《ピアソラの天使》(キングインターナショナル)です。
 

「きものMyStyle」拡大版で掲載されています。


2014年の新譜CD《ふたりのドメニコ》(キングインターナショナル)です。
 

「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」第4回が掲載されています。エッセイと共に、冬のコレクションをお楽しみ下さい。


「レッスン密着レポ」で5頁特集されています。


「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」第3回が掲載されています。エッセイと共に、秋のコレクションをお楽しみ下さい。


「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」第2回が掲載されています。エッセイと共に、夏のコレクションをお楽しみ下さい。


「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」という連載ページが始まりました。エッセイと併せて、私のきものコレクションそお楽しみ下さい。


男のきもの特集で「おしゃれ達人の『男』の着こなし」として1頁取り上げていただきました。


2010年の新譜CD《My dear Hungary!!》です。


等伯没後400年の2010年、彼の代表作『松林図屏風』に寄せたエッセイが「別冊太陽」(平凡社)で掲載されました。


別冊付録「プチ・モス」の表紙になりました。


メジャーデビュー公演前に、インタビューを全面記事で掲載していただきました。