FC2ブログ

〈オンライン音楽探究〉始動

2020年5月1日(金)


200501_1 200501_2


 オンラインだからこそできることを主催者から提案いただき、オンラインセミナーの初回を実施いたしました。セミナー後に質疑応答で触れたことも含めて、「まとめ」(セミナーの概要)を作成しました。音源/動画のプレイリストに加えて、各回5冊ずつの推薦図書も載せるようにしましたので、ご活用いただければ幸いです。以下はその一冊。


 ロベルト・シューマンによる『音楽と音楽家』。特に〈音楽の座右銘〉は若い音楽家に向けた文章として引用されることが多く、「まず形式がすっかりわかって、はじめて精神もはっきりわかるのだ」という結びの一文に向かうあたりは、音楽そのもの。平易な文章で書かれており、一行ごとがとても読みやすい。ただ(学生時代の私がそうだったように)読みやすさゆえに文字だけ追ってしまうと、旋律の抑揚しかとらえていない演奏と同じ結果になってしまいます。詩のような彼の文体は、知と感性が織りなすアラベスク。その箴言が含んでいる明暗や戯れを感じてこそ、美の神殿が見えてくる。ああ、なぜ当時の私には響かなかったのだろう!


 久しぶりにページをめくりながら、ジュニア・オーケストラ在籍時のことを思い出しました。今日のセミナーでも話した、シューマンの交響曲独特の「響きにくさ」についてです。まだ第2番だけは乗ったことがないのですが、第1番で味わった難しさは、シューマンの(密集音程で世界を作る)作風ゆえかもしれません。音が密集しているため、他声部をよく聴かなければ和声のバランスや音程を整えることが難しく、セカンド・ヴァイオリンは常に上下声部の板挟み。ヴィブラート(messa di voce)も中庸を心がけなければならず、ディミヌエンドをよく制御するのはアマチュア奏者にとって至難。


 シューマンは「合唱にはいって熱心に歌うように。ことに中音部を歌うように。そうすると、音楽的になる」と綴っています。パリでの師であったジャン・ミコー先生は、よく私の右手5の指を持って「弱い犬ほどよく吠える」と仰りました。アンサンブルの海に飛び込んで、五線譜の中央で浮遊することで、初めて内面の眼が開くのかもしれません。私にとってはヴァイオリンの練習を再開する良い機会。


 本に囲まれて育ったシューマンは、世界を詩人の眼で見て、詩人の言葉で表現しました。感情と人生を調和させることのできない時期は誰しも経験することですが、シューマンは彼が生きた時代の持つ独特の感性の在り方として、内向的(密集音程)な書法を持ちました。ゲーテの『若きヴェルテルの悩み』を音楽として表したかのようです。


 まとまりなく長くなってしまいましたが、最後にフィッシャー=ディースカウ著『シューマンの歌曲をたどって』の読書も勧めておきます。ここではシューマン作品におけるピアノの仕事が美しく記され、言葉と音楽の結婚に至る秘密が明らかになっています。
ーーすでにシューマンのピアノ曲の様式に特有の多くの絡み合いは、特に前奏あるいは後奏として、〈詩の命にわけ入る〉ことに役立っている。音楽家は詩人の旅路の道づれとなり、プログラムどおりの描写にとどまることなく、黙して語らぬもの、あるいはただ暗示されているだけのものを補足する。(同書 p.21)

関連記事