29/6/2016(東京)ハープが柔らかなアルペッジョを奏で始めると、「私はこの世に忘れられ」(リュッケルトの詩による5つの歌曲)がゆっくりと姿を現します。ハープは天上で響く楽器ですから、ヘ長調の美しいトニックで一音ずつ下降してくると、天蓋から細い光が差し込んでくるような崇高さと幸福感で胸がいっぱいになります。第4楽章はマーラーの交響曲第5番における奇跡的瞬間。神秘の泉で水をすくうかのように、どの一音も聞き逃したくはない。そう思いながらピアノ独奏編を収録した(
https://youtu.be/gt8lYyp2BOQ)ことがありますが、音楽で永遠を感じることができるとしたら、アダージェットというテンポがまさにそれです。私にとってのマーラーは(ニーチェ的にいえば)ディオニュソス的なるものなので、今宵のシルヴァン・カンブルランの指揮は驚くほど淡麗なアプローチに感じられ、音が粘らない分だけ拍感は前進的で、アンサンブルの精度を保つのが大変だったように見受けられました。それでも68分はあっという間に過ぎ、マーラーの宇宙観を描くには短すぎる時間なのです。
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