R.I.P. Kocsis Zoltán

〔コチシュの訃報〕

ブダペストに住んでいた頃、ブダペスト2区の小高い丘に建つコチシュの自宅で演奏を聴いてもらった。2台のスタインウェイのフルコンサートサイズが部屋の中央で勾玉のように組まれ、書棚が楕円状に囲う空間は、まるで映画のワンセットだった。彼は「先生ではなく観客だ」と言い張っていたので、私も彼のことを先生と呼ばないように努めたが、彼のレッスンは数時間に及ぼうが、私の持っている楽譜をすべて「完璧に」弾いてみせ、あるいは初見で音楽の全容をつかんでみせた。私に何かを助言することはなかった。ただ私が弾いた後に、部分的に弾いてみせるだけだった。しかしそれだけで、楽曲の構造は言うまでもなく、演奏技術の構造までもが明らかになって見えたのだ。

私は今回の本を書くのにあたって、日記を数十冊にわたって読み返した。2006年から2年間は、コチシュのレッスンでの詳細はもちろん、彼の表情やジェスチャー、聴きに行ったリサイタルや彼にまつわるニュースまで、びっしりと書き留めてあった。断片的な記録をつなぎ合わせて回想すると、芸術家としての偉大さと同じくらい、気難しいがユーモラスで、チャーミングなコチシュの人間性が現れてくる。

彼はドビュッシーの歌曲を棚から取り出し、「オーケストラのために編曲したいが、お前なら何の楽器を当てるか」という質問をした。アルトサックスで答えが一致した後、彼は管弦楽用に編曲したばかりのフルスコア(リストのマイナー作品)を私に手渡し、玄関口でクリスマスの飾りつけをしていた彼の息子と一緒に見送った。次のレッスンを約束せずに帰ったので、それが彼と話した最後となった。

それから10年が経ち、今朝私のもとにもコチシュ・ゾルターンの訃報が届いた。死の知らせはいつも突然やって来る。ハンガリー国民の悲しみの大きさを考える。彼らの喪失感を埋める言葉はどこにも見当たらない。

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.07 2016 諸藝雑記 comment(-) trackback(-)

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