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動画で旅する音世界 | YouTube撰 (1)


留学中はコンクールで賞金をもらうたび、小切手を換金して、パリに戻るまでに使い切っていた。スペインでは夜な夜なフラメンコのステージに通い、アルコールで麻痺している脳天を撃ち抜くタコンに心酔した。バルセロナを訪れるのは12年ぶり。待ちきれない。



ジャン・バティスト・リュリの代表作《町人貴族》。当時のスタイルで指揮している(リュリの死因にもつながる)だけでなく、彼がイタリア人であったことに対するイタリア人の誇りからか、Giovanni Battista Lulli(フランス名:Jean-Baptiste Lully)の表記になっている。おまけにフィレンツェのメディチ・リッカルディ宮での収録という徹底ぶり。



リセウ劇場はこまめに動画を配信しており、期待は高鳴るばかり。ようやくリュドミラ・モナスティルスカが聴ける! しかも《トスカ》は彼女の十八番。



モーツァルト《ピアノ協奏曲第21番》を管弦楽と共演する学生がいる。誰のカデンツァにするかは大きな案件で、ディヌ・リパッティのものを薦めたところ楽譜を探し当ててきた。フェルッチョ・ブゾーニほど大時代的なものではないにせよ、カデンツァだけは近代ピアノの魅力が存分に発揮できるものがよい。



ダニエレ・ガッティの大ファンとしては、辞める前にアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団で聴いておきたかったが、昨年ローマ歌劇場で観た《ボエーム》でその真価を体感できたし、このブラームス《交響曲第2番》も(リハーサルで決して精度が高いとはいえないが)ひどく熱くさせられる。彼は名誉のために音楽をしているのではなく、魂のために音楽をしているのだと伝わり、それゆえにいつまでも好きなのだろう。



チェンバロ(バージナル)ならではの高雅な気品をピアノの打鍵に移植する時、ノート・イネガルや音色感については結局のところ指先の欲求と衝動に任せるわけだが、現代のピアノだからこそ生まれ得る音世界があり、このパーセルの《グラウンド》は見事な成功例。



KV.397の幻想曲は未完で、最後の10小節はアウグスト・エーベルハルト・ミュラーの補筆とされているが、小倉貴久子先生の大規模な補完はデモーニッシュな側面が色濃く、ニ長調での終結はピカルディ終止として響く。モーツァルトの精神の深いところに触れており、戦慄さえ走る。


※twitter(@officelaparade)でのツイートから転載・一部加筆したものです。
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