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動画で旅する音世界 | YouTube撰 (5)


名匠ユライ・ヘルツが《モーツァルト》(1991)を撮っていたとは! 3部構成になっており、第1部では父でもある名教師レオポルトの手ほどきとヴォルフガングの天才の開花が生み出す物語が写実的に描かれている。少ない台詞で淡々と進む分だけ、神童の天衣無縫が際立っていく。



ボビー・マクファーリンの魅力が眩しい。彼にはマンハッタン生まれだからこその都会的な洗練がある。ヨーヨー・マとの《ハッシュ・リトル・ベイビー》(1992)は大都会のるつぼが産み出した声で、罪のない喜びと希望に満ちている。こういうアメリカの顔ならいくらでも見たい。



サリエリを悩める芸術家に仕立て、モーツァルトに毒殺を企てる。史実はともかく、芸術と嫉妬を主題にしたプーシキンの戯曲によるリムスキー=コルサコフの小歌劇《モーツァルトとサリエリ》。後期ロマン派のテイストでモーツァルト作品の引用が随所で施されている。



ショパンのエチュードを移調練習する習慣はパリで身についているが、《革命》を半音上げて、かつ左手だけで弾くゴドフスキー編曲は常軌を逸している。半音階の使い方が後期ロマン派に共通する独特の方法で、ゴドフスキーならではの不協和音の進行が音楽の密度を高めている。



雄弁と寡黙。両者は正反対に見えるが、ミハイル・プレトニョフがウラディミール・ホロヴィッツの精神的継承者になることを予見する映像。ホロヴィッツはどの楽器を使ってもホロヴィッツの音になる。一方のプレトニョフはシゲルカワイを得てからピアニストの道に戻り、独自の進化を遂げていった。自分の声を見つけたのだろう。



波乱万丈の生涯を送ったドゥシークはマリー・アントワネットと縁が深かったにも関わらず、タレーランのおかげでパリ帰還を果たし、〈パリへの帰還〉と題されたピアノソナタでアントワネットの亡霊を登場させた。ソナチネの作曲家という認識で終わるには余りある才能と人生。



エリーザベト・シュヴァルツコップの《音楽に寄せて》は至福。イディル・ビレットにリスト編曲のシューベルト歌曲を聴いてもらった際、男声だけでなく女声の演奏もよく聴くように言われた。その時シュヴァルツコップについて熱く語っておられたが、今まさに同じ気持ちでいる!


※twitter(@officelaparade)でのツイートから転載・一部加筆したものです。
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