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Gidon Kremer & Lucas Debargue at Suntory Hall

6/6/2016(東京)
政治的なものに脚色されていない芸術的価値として真っ向から提示する。ギドン・クレーメルの姿勢は、10年前にアムステルダムで聴いた時から何も変わっていません。彼がショスタコーヴィチをめぐる作曲家やバルト3国を中心としたポスト・モダニズムの音楽家を紹介することで、私たちはその政治的ニュアンスを超えた「時代そのもの」を聞いてきたと言えるでしょう。ロストロポーヴィチが亡くなった時、同じ建物に住んでいたメズー・ラースロー先生(バルトーク弦楽四重奏団チェロ奏者)が「大きな星が去った」と知らせに来たのを思い出します。ブーレーズやアーノンクールもこの世を去りました。アルゲリッチは75歳になり、クレーメルも来年で70歳を迎えます。時代に立ち向かうことで「時代そのもの」になった彼らの生き様は、まさに最後の巨星というのに相応しく、演奏の素晴らしさをはるかに凌駕する感動にとらわれるばかり。そして付け加えるべきはピアニストを務めたルカ・ドゥバルグの件で、彼は昨年のチャイコフスキー国際コンクール入賞で有名になった異色の経歴からは想像もできないくらい、伝統的な奏法に立脚した正統派の天才です。テクスチャの読み込みは熟練した指揮者のごとく、20代半ばにして往年の巨匠たちの解釈を我が血肉としているようです。ピアニストの系譜に眩しいばかりの新星が誕生しました。

.06 2016 諸藝雑記 comment(-) trackback(-)

Maurice Bourgue, Keisuke Wakao and his friends at Kioi Hall

1/6/2016(東京)
モーリス・ブルグ&若尾圭介、そして各楽器の名手たちが加わった至高の室内楽。夢のような時間でした。かつては私もパリで室内楽の仕事を一手に引き受けており、名教授たちのレッスンに出入りして、同じような時間を過ごしていたはずですが、楽譜と生活自体に追われていた当時はそのような環境を楽しむ余裕がありませんでした。それでもフランス6人組が常に傍らにいて、ジャン・コクトーの言葉に導かれ、リード楽器の音色に乗ったエスプリと共にあったエトランジェ(異邦人)の一人だったことは確かです。帰られるものなら帰りたい、永遠の青春がパリにあります。彼らの演奏(時代と作曲家と奏者の完全なる調和)を聴きながら、何よりも羨ましく、ロジャー・シャタックの「自分の影を見失うまいとして、身体を捩じったまま歩く子供のように、サティはとくに大切な過去はいつも手の届くところに置いておいた」という言葉が反芻されました。
http://www.kioi-hall.or.jp/20160601k1900.html

.01 2016 諸藝雑記 comment(-) trackback(-)

TMSO with Kristjan Järvi at Suntory Hall

18/5/2016(東京)
外の世界を覗いてみたい年齢になった時、私はヘッドフォンの中でリヒャルト・ワーグナーとスティーヴ・ライヒを往き来していました。ちょうど『ディファレント・トレインズ』が日本に入ってきた頃でしょうか、YMOで馴れた耳にはあまりに衝撃的で、拍感のない単調なリズムの中でわずかな位相ズレを起こしながらセクションを形成していくフェイズ・シフティングに、脳は飲み込まれるような快感を味わっていました。クラシック音楽の思想的様式や道徳観を見事に蹴散らし、同時代というものを体感させてくれたのが、ライヒでありフィリップ・グラスでした。同時代を生きているという所属意識は、何かを考えたり行動したりする時に便利に働きます。混沌の中では磁針となり、漠然ながらも向かう方角を示してくれます。ですから、彼らがなぜ最小単位の作曲語法にこだわったのかを検証するよりも前に、私たちはその圧倒的なパルスから(薄々と)何らかのメッセージを感じ取ってきたわけです。その点でライヒと1歳差のアルヴォ・ペルトは、同じ前衛の時代を駆け抜けたとはいえ、ミニマルがパルスにはならず思想的に響くので、やはりヨーロッパという伝統に帰属する音楽家なのでしょう。いずれにせよ、すべては過去の話です。60年代から吹き荒れた前衛の時代は終わり、存命あるいは没後の作曲家も今生きているのは現在という時代ですから、東京都交響楽団が取り上げた今晩のプログラムは「古典」(クラシック)ということになります。クリスチャン・ヤルヴィによる渾身の歴史的快演でしたが、ざわめいた心も一晩経てば、明日の感動に取って代わられるのが、現在の都会で生きるということ。毎夜のように手を替え品を替えて回っているのが東京ですから、ここは砂漠のようなすごい街です。
http://www.tmso.or.jp/j/topics/detail.php?id=1028

 
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TPO with Andrea Battistoni at Suntory Hall

16/5/2016(東京)
音楽は光を受けなければなりません。光を受けた音は道を示し、私たちに様々な情景を見せます。とりわけ長い歴史を抱くイタリアは、多くの街道を築き、人を送り続けてきました。リソルジメントの機運が高まる中でヴェルディはミラノに向かいましたが、一方でレスピーギはカトリックに導かれるようにローマに留まり、グレゴリアンの音を見い出しました。思い出すべきは人間の男と女のオリジナルを忠実に描き上げたフェデリコ・フェリーニ監督の『道』で、この作品自体が一つの真実の街道なのかもしれません。フェリーニの描くヴェズリモに乗ったニノ・ロータは、その道すがらレオンカヴァッロの影を追ったのは間違いないでしょう。いずれにしても、イタリアには永遠から永遠へと続く道があり、尽きることなく溢れ出でる光によって、その並木は夥しい実を付けました。アンドレア・バッティストーニのタクトもその一つ。彼は音楽の使徒として、やがて永遠の存在になるのでしょう。今宵東京フィル。
http://www.tpo.or.jp/information/detail-20160228-02.php

.16 2016 諸藝雑記 comment(-) trackback(-)

Saigyo-zakura & Sumida-gawa at Noh Theater

14/5/2016(京都)
足運びの間合いやその運び方にシテの歩んできた人生そのものが現れるのが、お能の凄いところです。ですから、老桜の精(西行桜)も狂女(隅田川)も元来た橋掛かりを帰っていく時に、得もいえぬ余韻を残します。シテは何かを解決するために舞台(この世)に現れてくるわけではないのですが、幻の者たちと空間を共にしているだけで、「思へば限りなく遠くも来ぬるものかな」という『隅田川』の一節が腑に落ちるのです。時々こうして家人とお能を見ることで、私たちが今歩いている道を感じるようにしています。
http://hayashiteikinoh.com/

.14 2016 諸藝雑記 comment(-) trackback(-)

Dynastic sense of "The Tale of Genji"

9/4/2016(京都)
闇を照らす光が明るいほどに、闇はさらにその色を濃くするもの。バロックの華やかさはその大いなる闇に咲く花そのもので、カストラートの歌声はさぞかし蠱惑的に響いたことでしょう。平安朝に生きた光の君もまた、その華やかさに並行する冥界へと続く暗い道を、一人で歩いていました。今日の海老蔵丈は台詞を多く持たないかわりに、カウンターテナーのアンソニー・ロス・コスタンツォに心の暗部を歌わせ、一方で能をメインに据えて、シェイクスピアやダ・ポンテのテキストを重ねてみせたことによって、精神の二重性が透かし出され、『源氏物語』の夢幻性をより深いものとして昇華させました。日本とヨーロッパの持つ王朝文化が、オペラと能と歌舞伎の融合によって、全く新しい格調の高さを見出した舞台となりました。
http://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/476

.09 2016 諸藝雑記 comment(-) trackback(-)

"Sils Maria" (2014)

22/12/2015(札幌)
人生が一本のエクリチュールであるかぎり、眩暈に導かれ、時間と共に進む道です。そしてその道を歩む時、芸術は残酷な試練を与えます。表現されるものは「切り取られた私」に他ならないからです。「この人びとには、反復する思春期がある」と言ったゲーテは79歳でした。〈過ぎゆく時間〉という終生のテーマに関わる件ですが、今日は『アクトレス 女たちの舞台』(オリヴィエ・アサイヤス監督、2014)を通して、ジュリエット・ビノシュでなければ演じられなかったであろう女優マリア・サンダースの苦悩と葛藤に、このゲーテの言葉の向こう側を見ました。世界を発見する若さは永遠のものではありません。マリアがそうであるように、私たちも若さと円熟の間で宙吊りにされながら、そのステージごとに〈過ぎゆく時間〉の解釈を探している存在なのかもしれません。
http://actress-movie.com

.22 2015 諸藝雑記 comment(-) trackback(-)

"FOUJITA" (2015)

18/12/2015(札幌)
『FOUJITA』(小栗康平監督、2015)で描かれた藤田嗣治は、Foujitaでありフジタであり、つまりは(トリスタン・ツァラが「長生きしたダダ」と自称したのに倣うと)「長生きした異邦人」でした。モンパルナスの狂騒時代も東京で迎えた第2次世界大戦中も、藤田は狂乱と孤独を縁取るようにしか生きることのできなかったアイデンティティ不在と向き合いながら、カンバス上に何かを埋めていったのかもしれません。しかし、この映画自体も、映画や書物で思い描く私たちの藤田像も、所詮は虚構なのです。あらゆる藤田の真実は、藤田の作品のみに存在するのであって、それは音楽でも同じ。私たちは対象を追うほどに、深い虚構の森に迷い込んでしまいますが、芸術はそこで美しい幻想を見せて、人間の存在意義を与える点で尊く、それゆえにかけがえのない存在なのです。
http://foujita.info

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Kristian Bezuidenhout (Fortepiano) at Sapporo

17/12/2015(札幌)
2週続けてアントン・ワルターの魔法を聴きました。モーツァルトが高らかな声を上げながら闊歩した当時のウィーンを知ることができる、タイムマシーンのような存在です。限りなく神に近い領域を見ながらも人間の方に戻ってきたモーツァルトは、極めて彼らしい手法で深い陰影を音楽に刻むようになります。オペラや弦楽四重奏曲もまた同じ。今晩はクリスティアン・ベザイデンホウトのフォルテピアノがモーツァルトの深淵を映し出しました(使用楽器はポール・マクナルティによる2002年レプリカ)。その深淵に達した時、自由に解き放たれて戯れているモーツァルトその人がいて、万華鏡世界のように鮮やかな変化を見せるのです。ベザイデンホウト自身のデモーニッシュな天才もまた、モーツァルトの喜怒哀楽を見事にまとっており、光以上に闇の美しさを獲得していました。彼らのディヴェルティメント(嬉遊)は、本質的に私たちから遠いところにあります。そのことに対する私なりのアプローチを、半年後(2016年6月10日)に同じホールで示してみたいと思います。

.17 2015 諸藝雑記 comment(-) trackback(-)

VPO with Daniel Barenboim at Wiener Konzerthaus

15/11/2015(Wien)
ハインツ ・フィッシャー大統領による短い演説の後、パリに向けて黙祷が捧げられました。今日のダニエル・バレンボイム&ウィーン・フィルによる交響曲第9番は、この世で見た最も美しく哀しい変ニ長調でした。マーラー自身が「死にたえるように閉じる」と言ったように、フラットを帯びた終楽章(ニ長調から変ニ長調に転化)は、ゆっくりと消えゆく温もりに手を当てるような30分で、何度も嗚咽がこみ上げました。バッハの音楽が神の福音であるならば、マーラーの交響曲は宇宙の摂理なのでしょう。この涙が憎しみを消す一滴となりますように。

.15 2015 諸藝雑記 comment(-) trackback(-)

BSO with Andris Nelsons at Teatro alla Scala

1/9/2015(Milano)
「私の『第6番』は、私の最初の5つの交響曲を吸収し、それを真に消化した世代だけが、その解決を企てうる謎を提供するだろう」とマーラーは書簡で書き残しています。物語の楔となるハンマーの打撃は、あらゆる感情が錯綜するこの巨大な交響曲を奮い立たせて、宇宙的な何かまで昇華させます。創造主を想わせるアンドリス・ネルソンスの指揮、そして一糸乱れぬ完璧な統率を見せたボストン交響楽団の神々しさは、私の中で永遠のものになりました。

.01 2015 諸藝雑記 comment(-) trackback(-)

Orquesta Sinfónica Simón Bolívar with Gustavo Dudamel at Teatro alla Scala

30/8/2015(Milano)
奏でて戦う (Tocar y Luchar)。このモットーを掲げるシモン・ボリバル交響楽団の圧倒的存在感に、スカラ座が共鳴していました。オール・チャイコフスキーによるプログラムは難曲『テンペスト』で苦難の嵐を予感させ、『ロメオとジュリエット』で愛と死の克服を呼びかけ、交響曲6番であらん限りの「悲愴」に勝利してみせました。火花を散らし、魂をわしづかみにするグスターボ・ドゥダメルのタクトに感動。

.30 2015 諸藝雑記 comment(-) trackback(-)

Auditing Masterclass by 3 Professors at Tokyo

25/8/2015(東京)
今日は3教授による充実した公開レッスンで、新たな刺激を受けたり、自身を反芻したり、確信を得たり。主目的はひっそりと応援しているピアニストの演奏を聴くことでしたが、決して大きくない彼女の身体からは喜びの音が湧き出でて、その瑞々しい音色に私の頬は緩みっぱなしでした。生前のフランス・クリダ先生は「技巧は音楽的なるものの下僕でなければならない」と繰り返しておられました。そのことを切実に受け止めた人だけが、単なるピアニストではなく、真の芸術家になれるのです。師の教え。

.25 2015 諸藝雑記 comment(-) trackback(-)

Everyone must walk in his own calling.

23/8/2015(東京)
勘九郎丈の精いっぱいに励まされました。苦しい時ほど皆が総力となって闘い、その姿を皆で応援していかなければなりません。人間として美しく在るための生き様を教えてくれるのが、私は芸の道だと思っています。

.23 2015 諸藝雑記 comment(-) trackback(-)
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第2回ダヌビア・タレンツ国際音楽コンクール(ハンガリー・ヴァーツ)のレポートを執筆しました。
 

2017年の新譜CD《インヴェンションへのオマージュ》(キングインターナショナル)です。
 

インタビューを全面記事で掲載していただきました。
 

〈今月の1曲〉シューマン『飛翔』の練習課題を執筆しました。
 

特集「コンクール奮闘記」にて執筆しました。また、インタビュー記事や多摩で開催された「CASIO Music Baton」のレポートも掲載されています。
 

特集「“聴く”ってなあに?」にて執筆しました。また、台湾で開催された「CELIVIANO Grand Hybrid」のレポート記事も掲載されています。
 

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2017の出演について、また京都で開催された「CASIO Music Baton」のレポートも掲載されています。
 

特集「今どき!電子ピアノ事情」にて執筆しました。
 

特集「はじめての先生に教えたい!コンクール活用術」にて、ピアニストのプログラム構成法について執筆しました。
 

「ピアニストが語る2017年春夏のスケジュール」にて執筆しました。
 

新譜CD《そして鐘は鳴る》について、インタビューを全面記事で掲載していただきました。
 

特集「フィギュアスケートを彩るクラシック」にて執筆しました。また、ベストドレッサー賞の授賞式における演奏についてレポート取材が掲載されています。
 

金沢での「CASIO Music Baton」についてレポート取材が掲載されています。
 

2016年の新譜CD《そして鐘は鳴る》(キングインターナショナル)です。
 

初執筆のエッセイ本《赤松林太郎 虹のように》(道和書院)です。
 

表紙&巻頭インタビューが6頁にわたり掲載されています。
 

導入期のペダリングについて執筆しました。
 

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2016の出演についてレポート取材が掲載されています。
 

特集「私のピアノ黎明期」にて、幼少時代(写真付)のことを執筆しました。
 

飯田有抄さんにモデルレッスン生を務めていただき、対談形式でレッスンの様子が6頁にわたり掲載されています。
 

誌上講座にてシューマン作品の指導法「ポエジーこそがシューマンの魅力であり演奏の難しさでもある」を執筆しました。
 

2014年の新譜CD《ピアソラの天使》(キングインターナショナル)です。
 

「きものMyStyle」拡大版で掲載されています。


2014年の新譜CD《ふたりのドメニコ》(キングインターナショナル)です。
 

「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」第4回が掲載されています。エッセイと共に、冬のコレクションをお楽しみ下さい。


「レッスン密着レポ」で5頁特集されています。


「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」第3回が掲載されています。エッセイと共に、秋のコレクションをお楽しみ下さい。


「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」第2回が掲載されています。エッセイと共に、夏のコレクションをお楽しみ下さい。


「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」という連載ページが始まりました。エッセイと併せて、私のきものコレクションそお楽しみ下さい。


男のきもの特集で「おしゃれ達人の『男』の着こなし」として1頁取り上げていただきました。


2010年の新譜CD《My dear Hungary!!》です。


等伯没後400年の2010年、彼の代表作『松林図屏風』に寄せたエッセイが「別冊太陽」(平凡社)で掲載されました。


別冊付録「プチ・モス」の表紙になりました。


メジャーデビュー公演前に、インタビューを全面記事で掲載していただきました。