Budapest International Piano Masterclass (Pre-Day)

2/4/2018(Budapest)
ブダペスト国際ピアノマスタークラスは5年目を迎えました。これまでに国際コンクールやピティナ・ピアノコンペティション特級の受賞者を多数輩出してきました。例年どおりリスト音楽大学での教授レッスンに加えて、練習会場として使わせていただいている9区音楽学校で補講レッスンを行います。私自身もまだブダペストで出演を控えているので、学生たちに混じって練習をしていますが、基本的には全ての時間がレッスンで、文字どおりの音楽漬けです。千本ノック週間が始まりました。

 
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Romanesque Hall of the Museum of Fine Arts in Budapest

2/4/2018(Budapest)
ブダペストの街中を歩いていると、二重帝国の一翼を担ったハンガリーの誇り高さが伝わってきます。この時代になって民族意識が高まったというよりは、ハンガリーの場合、強い民族意識の連続が歴史になっているといえるように思います。限定公開された国立西洋美術館の「ルネサンスの間」でも、壁面に描かれているのはアールパート朝歴代の王であり、フニャディ家とルクセンブルク家との関係も見て取れるようになっています。千年王国を祝祭するハンガリー独特の図像も鮮やかに修復されました。今日まで期間限定で公開されていました。エステルハージ家のコレクションが蒐集されたこの美術館は、スペイン絵画に関してはプラド美術館に次ぐ規模なので、再開が待ち遠しいです。
http://www.szepmuveszeti.hu/

 
 
 
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Cavalleria Rusticana & Pagliacci: Hungarian State Opera with Marco Comin

1/4/2018(Budapest)
ブダペストに戻り、エルケル劇場で『カヴァレリア・ルスティカーナ』『道化師』を観劇。いつもなら使わない裏道で往路を急いだため、鬱蒼とした夕暮れ時の移民街は危険な空気が立ち込めており、道すがら殺気立った視線を四方から受けました。これらのオペラでも下層社会の陋巷が舞台となっており、一触即発の暴力と殺人が渦巻きます。ヴェリズモという言葉は決して様式ではありません。『カヴァレリア・ルスティカーナ』は言わずと知れたマスカーニの名作で、フランシス・フォード・コッポラ監督による『ゴッドファーザー PART III』の終盤ではこのオペラが劇中劇として使われます。モノクロームな画面で2つの悲劇が同時に進みます。一幕物だからこそのドラマトゥルギーに強い衝撃を受けたレオンカヴァッロは、『道化師』で喜劇を一瞬にして悲劇にしてみせます。しかも劇中劇として描かれる殺人です。己の復讐を別の復讐心を煽ることで成し遂げ、うすら笑みを浮かべながら「コメディはこれで終わりです」と語りかけるカーニオ(道化師)に、向かおうとする時代の暗さや人間の闇の本質が表れています。そこに音楽が深い彫りを持って、私たちに迫ってきます。ナポリもそうですが、シチリア島に溢れる太陽の光は、深く奥知れない闇を生み出します。ゲーテが『イタリア紀行』の中で書いたシチリアの描写は、とりわけ印象的なものです。

 
 
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着任の挨拶

2018年4月1日付で、大阪音楽大学・大学院ピアノ専攻に特任准教授として着任いたしました。洗足学園音楽大学・大学院の客員教授と併せて、日本の東西で音楽教育に携われることに心から感謝しております。共に重責ではありますが、今後とも皆様のご指導とご支援のほど、宜しくお願い申し上げます。
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Frühling in Wien

31/3/2018(Wien)
ウィーン楽友協会の黄金ホールでは、Balkon Logen Rechts(2階右バルコニー席)かParterre Logen Links(1階左ボックス席)と決めています。これは私のこだわり。今日は幸いなことにステージ上の第1ヴァイオリンの後方席が取れたので、指揮者の表情を真横から見ることができました。子供の頃からずっと親しんでいたアダム・フィッシャーはすっかり可愛いお爺さんになっていましたが、指揮台の上でもステージ裏でも茶目っ気たっぷりで、子供のようにはしゃいでいました。ハンガリー節全開の指揮に、ウィーン交響楽団は洗練された対応を見せていました。帝都で磨かれた音質は、ブダペストで聴くものとは根本的に異なります。だからこそ「ウィーンの春」。第1部で登場したハンガリー出身のヤーノシュカ・アンサンブルはニュースタイルの四重奏で、ヨーロッパに疾風怒濤の嵐を巻き起こしている新鋭。チャルダーシュを基本とした東欧各国のニュアンスを巧みに織り交ぜながら、クラシック、ジャズ、タンゴ、ルンバと変幻自在で無敵の強さを誇ります。裸足のパトリツィア・コパチンスカヤの出現も含め、音楽のモードは21世紀に入ってから急速に変化しています。これは国際コンクールの現場にも言えることです。時代が急激に変化しているのだから、音楽の在り方が変容するのは当たり前のことです。クラシック音楽のような再現芸術でさえモードがあります。ヨーロッパの風は過去から未来に吹いています。音楽と共に時代を見つめ、時代と共に音楽を追い求める。演奏家の人生に万歳!
https://www.musikverein.at/konzert/eventid/32684

 
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Beethoven in Heiligenstadt

31/3/2018(Wien)
トラムD線の終着駅はベートーヴェンガング。ここから「ベートーヴェンの散歩道」は始まります。ブダペスト郊外に美しい緑が広がるマルトンバーシャールがあるように、ウィーン郊外のこの丘陵地はベートーヴェンにとって創作の泉でした。今ではすっかり高級住宅地になってしまい、ベートーヴェンが生きた頃の牧歌的な光景は見られませんが、散歩に沿って流れる小川のせせらぎは《田園》交響曲から聞くことができます。ハイリゲンシュタットは自然主義者ベートーヴェンにとって、音が溢れる環境だったにちがいありません。詩人グリルパルツァーの家の2階を借りた「ベートーヴェン夏の家」では、この交響曲第6番が産声をあげ、今日ホイリゲになっている「マイヤーの家」では、シラーの詩に寄せた歓喜の歌(《第九》交響曲の第4楽章)がいよいよ体現されようとしていました。同時にベートーヴェンにとって苦悩の場所でもありました。奇しくも聴覚を失いつつあるベートーヴェンがここで生々しく聞いた音は、甥カールの銃声でした。1802年10月に彼は『ハイリゲンシュタットの遺書』を残しますが、彼はこの「遺書の家」に生涯11回にわたって滞在することになります。前傾屈で眉間に皺を寄せて歩く気難しいベートーヴェンと、軒を並べる賑やかなホイリゲはあまりに対照的です。ホイリゲでワインに酔うシューベルトは生粋のウィーンっ子であり、ベートーヴェンの生き様とは全く異質。ベートーヴェンは「生きる」ということを真剣に考えた人で、あまりに真剣に考えたために全人類の苦悩を背負い、人類愛を説かなければならなかったのかもしれません。《田園》から聞かれるのは、彼の死ぬ瞬間でさえ鳴り止まなかった苦悩の雷鳴です(彼の没日は激しい雷雨だったと伝えられています)。ハイリゲンシュタットを訪れると、私たちはベートーヴェンの苦悩の大きさを思い知りますが、いつもそれを乗り越えようとした彼の愛の大きさにむしろ胸を打たれます。ベートーヴェンへの愛、それは深まる愛です。展示室ではBBCが制作した『Beethoven's Eroica』(2003)が上映されています。《英雄》もまたハイリゲンシュタットで作曲された交響曲。世界を永遠に変えた瞬間を描いたドキュメンタリーフィルムなので、ここでシェアしたいと思います。
https://youtu.be/UtA7m3viB70

 
 
 
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Der Vorbote des Fruehlings

31/3/2018(Wien)
復活祭の散歩(Der Osterspaziergang)で思い出されるのはゲーテの春の歌。ハイリゲンシュタットの小径を歩きながら、ウィーンに生きた作曲家の面影を見て回った後、ヌスドルフで一軒のレストランに入りました。看板に描かれている白アスパラガスは、この店の何よりの信頼の証。フランクフルトのゲーテもグリューネゾーセ(春の七草ソース)を添えた子牛肉とアスパラガスを好んだと言われていますが、ヨーロッパの皆がこの春の便りを待ち焦がれたことでしょう。お供の白ワインには、春の花蜜が香り立つグリュナー・フェルトリーナー。今年度最後に出会った至高の味覚。

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Das Grab von Gustav Mahler in Grinzinger Friedhof

31/3/2018(Wien)
ようやくグリンツィングの墓参が叶いました。鳥の鳴き声に囲まれて、マーラーの作品のあれこれが思い出されます。彼の墓石は名前が小さく刻まれているだけで、「私の墓を訪ねる人なら私が何者かわかるはずだ。それ以外の者には用はない」と言ったとおり、とても分かりにくい場所にあるので、さすがにインターネットで調べました。マーラの音楽を聴くたび、深い感謝が溢れてきます。芥川也寸志先生にかわりデヴィッド・ハウエル先生が芦屋交響楽団を振られた際、当時5歳だった私はその指揮台の横でマーラーの交響曲第1番をほぼ記憶しました。私がピアノを弾き続けている理由の一つは、マーラーの全ての交響曲をピアノソロ(オットー・ジンガー編曲)で演奏するのが夢だからです。3年前にスカラ座でアンドリス・ネルソンスがボストン交響楽団を振って第6番を演奏した時、ミラノの聴衆が総立ちになり(Bravoではなく)「Grazie, maestro!」と投げ掛けていたのに涙が溢れ、マーラーが一つの言語であり、世界市民的な一体感を覚えたものです。チョン・ミュンフンの指揮は全曲聴くために、東京だけでなくソウルやパリまで追っています。40歳を迎えるにあたり、そろそろマーラーを弾き始めたいと心が訴えています。

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Walking all the day in Wien

30/3/2018(Wien)
ウィーン4区に住む教え子を訪ねました。出会った頃は幼稚園児だった彼も、まもなく6年生を終えようとしています。久しぶりに演奏を聴かせてもらい、彼が11歳で留学を決めたことは賢明だったと改めて思いました。師弟関係は上下の繋がりではないので、これからはヨーロッパで闘う異邦人どうしとして、共に切磋琢磨していきたいです。ウィーン市街を南から北までひたすら歩いた一日。途中で重い靴を捨て、新しい靴を買い直した時、眼が開いたような感覚がありました。バックパッカーとして諸国を遍歴していた頃が懐かしいですが、今は20代よりはるかに充実しています。

 
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Easter vacation in Wien

29/3/2018(Wien)
聖なる3日間(聖木曜日~)はウィーンで過ごします。旧市街を歩いていると、愛用した山川出版社の世界史用語集(実際は地理で大学受験したのですが)で記憶して以来の年号や事柄が頭の中で渦巻いて、一歩ずつがとても重く感じられます。ウィーンにはもう十数回訪れており、いつもこのような感じですが、訪れるたびに見える歴史の奥行きが変わるのは楽しいこと。頭も足も疲れた時は、街の至るところにあるイースター・マーケットで献杯。そしてお気に入りの店を巡っています。

 
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Springtime in Budapest

28/3/2018(Budapest)
ヨーロッパはまだ肌寒く、花満開の季節には到っていませんが、まもなくブダペストでも春の音楽祭が開幕。春は音楽が運んでくるのです。昨晩のうちに私だけブダペストに戻り、家にこもって夜通しデスクワーク。イースター休暇が終わると同時に、リスト音楽大学でブダペスト国際ピアノマスタークラスが始まります。私もつかの間のバカンスを楽しむことにします。

 
 
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One day in Kecskemét

27/3/2018(Kecskemét)
ドナウとティサというハンガリーの伝説を語り継いできた2つの大河に挟まれ、ケチケメートは複雑で豊かな歴史を育んできました。義父の日記にはフン族に遡る歴史や詩がよく出てきます。ハンガリー語を巧みに操った義父の傍で、娘は歌詞の意味が分からないまま古い民謡を口ずさんで育ちました。そうした民謡はコダーイやバルトークの精神につながるもので、食卓を囲みながら友人たちと酒を飲み、歌い、踊る時、人は交わるのです。それが本来の人間の営みであり、文化であり、音楽のあり方でした。宗教的な崇高さや高度に洗練された様式とは無縁ですが、今日の昼下がりに受けたもてなしのような慎ましやかな家庭の日常に、音楽が最も生き生きと響いているのを感じました。

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Piano Recital at Kodály Institute of the Liszt Ferenc Academy of Music, Kecskemét

26/3/2018(Kecskemét)
ハンガリーにおけるアール・ヌーヴォーを代表するレヒネル・エデン、そして近代ハンガリー音楽界の改革者コダーイ・ゾルターンが生まれたケチケメートは、美しい芸術と自然が溢れ、人の愛で満たされた美しい街です。1964年の東京オリンピック以来、「ジョケル(草の根)」と呼ばれてハンガリーの人たちに愛された義父がこの地に広げたものは、柔道だけではありませんでした。義父が亡くなった翌年、私たち夫婦はケチケメートを訪れ、心からの歓迎を受けました。市庁舎を表敬訪問した後、大きな行列となって向かったコダーイ音楽研究所の装飾ホールで私は何曲か演奏しました。その時の新聞で一緒に写っているのがミハーイ・イッツェシュ学長であり、ケチケメートの名士コヴァーチ3兄弟でした。まだ若かった8年前の私を「マエストロ」と称してくれたレスリングの国民的英雄コヴァーチ・シャーンドル・パールは昨年亡くなりました。詩人のコヴァーチ・イシュトヴァーン・ヨージェフと妻エーヴァ、そしてコヴァーチ・マルギットに連れられ、冷たい雨が降るある秋の日、私たちは彼の墓に花を捧げました。そうしたハンガリーでの長い交流を理解して多大なサポートをして下さっているPropart Hungary Bt.の桑名さんのおかげで、今回こうして「ケチケメート春の音楽祭」の公式プログラムとしてケチケメートの方々に演奏を聴いていただくことができました。8年前と同じ会場です。亡くなったシャニー・バーチ(シャーンドル・パールの愛称)のためにイシュトヴァーンに献詩をお願いして、コンサートの中で披露してもらいました。そして愛するハンガリーと英雄たちに捧げるプログラムを用意しました。義父に代わり妻・純子が絶やすことのなかった心の絆を、音楽で紡ぐことができた一夜でした。
https://hiros.hu/kultura/zene/vitruoz-zongorajatek-a-kodaly-intezetben

 
 
 
 
 
 
 
 
 
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Budapest at night

25/3/2018(Budapest)
日曜日の夜中にひっそりと始まったサマータイム。ブダペストはまだ0度近くまで冷え込みますが、街には春の気配が漂い、イースター休暇の喜びで満ちています。

 
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Workshop for PTNA Piano Competition in Kochi

24/3/2018(高知)
福岡から夜行バスを乗り継ぎ、高知まで10時間の旅でした。学生時代の大阪~東京間はもっぱら夜行バス(拙著のとおり)でしたが、この歳になるとさすがにきつい。それでも最終手段としてバスがあるのは助かります。スケジュールの綱渡りが続きますが、ピティナ・ピアノコンペティション課題曲セミナーの4時間コースを終えて、神戸にとんぼ帰り。

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第2回ダヌビア・タレンツ国際音楽コンクール(ハンガリー・ヴァーツ)のレポートを執筆しました。
 

2017年の新譜CD《インヴェンションへのオマージュ》(キングインターナショナル)です。
 

インタビューを全面記事で掲載していただきました。
 

〈今月の1曲〉シューマン『飛翔』の練習課題を執筆しました。
 

特集「コンクール奮闘記」にて執筆しました。また、インタビュー記事や多摩で開催された「CASIO Music Baton」のレポートも掲載されています。
 

特集「“聴く”ってなあに?」にて執筆しました。また、台湾で開催された「CELIVIANO Grand Hybrid」のレポート記事も掲載されています。
 

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2017の出演について、また京都で開催された「CASIO Music Baton」のレポートも掲載されています。
 

特集「今どき!電子ピアノ事情」にて執筆しました。
 

特集「はじめての先生に教えたい!コンクール活用術」にて、ピアニストのプログラム構成法について執筆しました。
 

「ピアニストが語る2017年春夏のスケジュール」にて執筆しました。
 

新譜CD《そして鐘は鳴る》について、インタビューを全面記事で掲載していただきました。
 

特集「フィギュアスケートを彩るクラシック」にて執筆しました。また、ベストドレッサー賞の授賞式における演奏についてレポート取材が掲載されています。
 

金沢での「CASIO Music Baton」についてレポート取材が掲載されています。
 

2016年の新譜CD《そして鐘は鳴る》(キングインターナショナル)です。
 

初執筆のエッセイ本《赤松林太郎 虹のように》(道和書院)です。
 

表紙&巻頭インタビューが6頁にわたり掲載されています。
 

導入期のペダリングについて執筆しました。
 

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2016の出演についてレポート取材が掲載されています。
 

特集「私のピアノ黎明期」にて、幼少時代(写真付)のことを執筆しました。
 

飯田有抄さんにモデルレッスン生を務めていただき、対談形式でレッスンの様子が6頁にわたり掲載されています。
 

誌上講座にてシューマン作品の指導法「ポエジーこそがシューマンの魅力であり演奏の難しさでもある」を執筆しました。
 

2014年の新譜CD《ピアソラの天使》(キングインターナショナル)です。
 

「きものMyStyle」拡大版で掲載されています。


2014年の新譜CD《ふたりのドメニコ》(キングインターナショナル)です。
 

「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」第4回が掲載されています。エッセイと共に、冬のコレクションをお楽しみ下さい。


「レッスン密着レポ」で5頁特集されています。


「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」第3回が掲載されています。エッセイと共に、秋のコレクションをお楽しみ下さい。


「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」第2回が掲載されています。エッセイと共に、夏のコレクションをお楽しみ下さい。


「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」という連載ページが始まりました。エッセイと併せて、私のきものコレクションそお楽しみ下さい。


男のきもの特集で「おしゃれ達人の『男』の着こなし」として1頁取り上げていただきました。


2010年の新譜CD《My dear Hungary!!》です。


等伯没後400年の2010年、彼の代表作『松林図屏風』に寄せたエッセイが「別冊太陽」(平凡社)で掲載されました。


別冊付録「プチ・モス」の表紙になりました。


メジャーデビュー公演前に、インタビューを全面記事で掲載していただきました。