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赤松林太郎 旅と音楽

闘うピアニスト、平成から令和へ。新しい時代も駆け抜けていきます!

プライベートレーベルの出航

2020年6月26日(金)


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 駆け出しのバンドマンと同じように、私も18年前にインディーズでCDを制作しました。大学時代からの同僚にレコーディングをお願いして、コンサートのリハーサル等で収録。見様見真似で覚えたAdobe IllustratorとPhotoshopを使い、フィジカル部分のデザインをしました。ポスターが貼り尽くされているパリの駅構内はデザインやキャッチフレーズの宝庫だったので、スケッチブックを離すことは片時もありませんでした。
 20代のうちにアルバムをいくつかリリースしました。私は一介のピアノ弾きにすぎないので、それらを改めて世に問うつもりは毛頭ありません。学生時代のうちに華々しくデビューしたアーティストとは真逆のキャリアでしたが、あえてピアノの道に戻ってきたわけなので、ヨーロッパでの修業時代は充実していました。縁あって6年前にキングインターナショナルからアルバムを出させてもらうようになり、いくつかの音楽大学で教職につき、楽器メーカーのアンバサダーを務めるようになったこともあり、大手マネジメントに所属していないフリーランスなりに活動できる居場所を見つけることができたのは幸いでした。


 とはいえ、体が覚えている20代の熱量が恋しくて、昨年から準備を進めていたのがプライベートレーベルの設立。レーベル名はもちろん18年前と同じで、エリック・サティの《パラード》に因んだもの。そして大学時代の同僚Tがメーン・エンジニア。試作品としてVol.0をプレスしたところで、フィジカル(つまり円盤)にこだわるべきか悩みましたが、答えは時代の方から先にやって来ました。「ウィズ コロナ」の到来です。昨年のうちにポップス系のデジタルディストリビューターと契約していたのが功を奏して、プライベートレーベルに関しても協業していただけることになりました。


 非常事態宣言によってコンサートは次々と中止され、フィジカルグッズが売れない状態になり、各人が「ステイ アット ホーム」で出来ることを模索し始めました。先が見えない時に一言も不満や愚痴をにじませることなく、知恵と技術を傾け、試行錯誤を続けていたアーティストを心から尊敬します。彼らは自分のことよりも社会全体を見ていたからです。これからの新しい時代は、彼らが主導していくことになるでしょう。
 この期間に多くのYouTuberが誕生しましたが、私が最後までこだわりたかったのは「音」と「プログラム」なので、ハイレゾナンスによるデジタル音楽配信を選択しました。プライベートレーベルであれば、こだわることで誰かに迷惑をかけることも少なく、「納得できるかどうか」という指標だけで進むことができます。失敗は付き物・・・いや私の場合は失敗だらけなのですが、失敗に対するリスクを自分自身で背負える環境だからこそ、失敗に勝る果実も得られていると思います。また20代の頃とは異なり、ヴィジョナリーな頭脳・技能集団が巧みにフォローアップしてくださるおかげで、最後までクオリティだけを追求できることも大きな原動力になっています。


 彼らが思い描いている展開の速さに私自身がまだついていけていないのですが、18年前に小さなハケで名前を書いた手作り船は、こうして無事に出航することができました。5月22日にリリースしたVol.1のアルバムは複数の音楽配信サービスでプレイリストに加えていただき、これまで地上では得られなかった数字に結びつきました(詳細はこちら)。
 まもなくVol.2がリリースされるので、今日からは自宅スタジオでVol.3のレコーディングを開始。朝から関係者が続々来宅して、“現場”になっています。せっかくのプライベートレーベルなので、世界で活躍されているすばらしい音楽家にも加わっていただけるシーンを次の目標に掲げます。応援いただけましたら幸いです。

オンラインセミナー「シューマン 子供のためのアルバム」Vol.2 のお知らせ

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 ハインリヒ・ハイネが"Im wunderschönen Monat Mai"(麗しき5月に)と謳った春。しかし今年ばかりは、心の中のつぼみが全て開くことなく、庭に咲く色とりどりの花は色褪せて見えました。父の書棚にハイネ詩集があったのをふと思い出し、朝から《詩人の恋》を聴いています。イエルク・デムスのピアノで聴くフィッシャー=ディースカウの歌声には喜びとも憂いとも言えぬ、遠い眼差しがあるばかり。楽譜を開くとレッスン時の殴り書きが痛々しく、その乱筆の草陰で繭のように息を潜めている音楽がひときわ愛おしく思えます。


 シューマンが長女マリーエを授かるのはその翌年のこと。幾たびもの春を経験したシューマンが次に描いた5月は、《ユーゲントアルバム》に収められた〈5月、愛する5月〉。少しでも指先に力を加えたら潰れてしまうのではないかという柔らかさな皮膜に覆われ、春の香りを秘めている曲。主題は〈麗しき5月に〉と同じ長6度を含むアラベスク動機(cis-h-gis-fis)で作られていますが、音楽がすべてシューマンの心情変化を物語っています。
 世界的にCOVID-19が収束したら、久しぶりにハインリヒ・ハイネ研究所を訪ねたい。デュッセルドルフはライン河の豊かな恵みを享受したロマン派の故郷。デュッセルドルフに住んだシューマンやメンデルスゾーンの自筆譜が多数保管されており、imslpに収納されている画像からは伝わらない肉声が、その筆致から聞こえてくるからです。


 このような状況の中、シューマンに思いを巡らせることは感慨深く、楽譜や書物、私自身の経験や旅を通して作曲家に触れられる機会に感謝しています。第2回は《ユーゲントアルバム》第7曲から続けます。


赤松林太郎によるピアノ指導者オンラインセミナー
シューマン「子供のためのアルバム」Vol.2

2020年7月21日(火) 10:00-11:30
https://seminar.piano.or.jp/detail/10000970

ユーゲントアルバムの想い出

2020年6月17日(水)


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 初めて《ユーゲントアルバム》をセミナーで取り上げた夜、家内が義父から受け継いだレコード・コレクションの中から《ユーゲントアルバム》を取り出してきました。ジャケット表面にはシューマンの作品とは全く関係のない漁夫の砦が使われており、ハンガリーに縁が深い義父らしいチョイスと思ったわけですが、裏面に献辞が書かれており、まだ子供だった家内への誕生日プレゼントだったことが分かりました。レコードを入れるビニル袋に「きくや蓄音器店」と印字されており、おそらく修学旅行の引率中に京都で購入してきたのでしょう。


 この曲集はシューマンが長女マリーエの7歳の誕生日に送ったもので、子供の成長やシューマン家の日常の出来事が綴られた家族日記とも言えます。娘に注がれた愛の深さは、初版譜からもうかがい知ることができます。シューマンは娘の成長やシューマン家の出来事を残した曲集から10の情景を選び、ルートヴィヒ・リヒターに表紙画の制作を依頼しました。中でも印象的なのは〈はじめての喪失〉で、その年の始めに亡くなった小鳥を手にして悲しんでいるマリーエの姿。この鳥はちょうど1年後に《森の情景》の中で再び現れるのですが、薄明の中で何か警告めいた存在として鳴くばかり。


 リヒターが手掛けた多くの仕事の中には、グリム童話集の表紙画もあります。グリム兄弟はかつて1,000マルク札に描かれていましたが、ユーロ導入と共に、メルヒェンの森へと帰っていきました。ちょうど20年前、クララ・シューマン国際ピアノコンクールでいただいた賞金を小切手から現金に換える際、デュッセルドルフの銀行で手渡されたのは1,000マルク札ではなく、新札で揃えられていた100マルクでした。今となっては懐かしいクララの紙幣! その時の行員はファイナルステージを聴きに来られていた観客の一人で、実にドイツらしい祝福をいただきました。


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イタリアでのマスタークラス中止 のお知らせ

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 イタリアのブレシアで夏季開催される国際フェスティバル&サマースクール (Talent Music Summer Courses & Festival) にマスタークラスの教授としてお招きいただいておりましたが、目下の状況を鑑みて、担当クラスの開講を見送ることにいたしました。
 今年の夏は会場をブレシアからヴェローナに変更して開催予定で、ジャック・ルヴィエ、ミシェル・ベロフ、ピオトル・パレチニ、エヴァ・ポブウォッカ、ディーナ・ヨッフェ、パーヴェル・ネルセシアン、アンドレアス・グロートホイゼン、ロナン・オハラ、アンドレア・ボナッタ、アンナ・マリコヴァ等、学生時代に受講した先生や憧れのピアニストが担当クラスに名を連ねており、私自身が一番残念に思っておりますが、代わりに来年夏の日程をいただきましたので、今はCOVID-19の終息を祈るばかりです。
 多数の受講希望をお寄せいただいていましたが、このたびはまことに申し訳ありません。

クレメンティ讃

2020年6月11日(木)


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 9日と11日のオンラインセミナーでムツィオ・クレメンティを取り上げました。後期バロック時代からロマン派の黎明期まで、激動のヨーロッパをロンドンで俯瞰した一人。クレメンティが幼少期を過ごしたローマは、ルイ14世によるルーヴル宮殿の拡張事業を巡り、バロック期における最後の輝きと敗北を同時に味わうことになります。クレメンティがイギリスに渡ったタイミングはまさに絶妙と言わざるを得ず、「そういう星の下に生まれる」運命を思い知らされます。クレメンティをまとめて聴く機会もないでしょうから、いつものようにセミナーに先立ち、Spotifyでプレイリスト(https://spoti.fi/2AQJQFS)を作成しました。


 当時25歳のモーツァルトとウィーンで演奏試合をした(その時にクレメンティが演奏した変ロ長調のピアノソナタは、後の《魔笛》で引用されることになる)1781年の出来事も、その前年のパリでのマリー・アントワネットの御前演奏がきっかけだと思っています。マリー・アントワネットは言うまでもなくヨーゼフ2世の妹で、グルックから英才教育を施された音楽家でもあるからです。人生を成功の裡に終えたクレメンティは、パルナッソス山の頂に至ったわけで、退屈な練習曲だと揶揄した《子供の領分》の作者ドビュッシーでさえ、その山麓のデルフィは美しく描きあげ、官僚的だと皮肉ることでサティは《パラード》の作者としての面目躍如。


 クレメンティをモーツァルトと同じように魅力的に紹介してくれたのは、ウラディミール・ホロヴィッツ。クレメンティ・リバイバルはピエトロ・スパーダによって本格的に始まり、チマローザの復刻者でもあるアンドレア・コーエンも加わりました。そしてマリア・ティーポの一連の録音は歴史的遺産となりました。クレメンティの交響曲を校訂したのはアルレード・カゼルラですが、そのカゼルラとグイード・アゴスティに師事した彼女は、チマローザの校訂で知られるマルチェラ・クルデリと並び称される存在でしょう。
 ティーポといえば、ある時期の国際コンクールでは審査員の常連で、2000年のクララ・シューマン国際ピアノコンクールでもマルタ・アルゲリッチと肩を並べていました。その時のファイナルステージでは、私の他にイレーネ・ルッソ(ラザール・ベルマン門下)とオリヴィエ・カーヴェ(ティーポ門下)がいました。ルッソが第2位、私が第3位、カーヴェは選外という結果に終わりましたが、いつも緊張していて首に掛けた十字架にキスばかりしていた繊細な彼の演奏を忘れたことはありません。今回プレイリストを作っている中で、彼が弾くクレメンティのアルバムを見つけ、深遠な芸術の世界で生きているのを演奏で知ることができ、音楽の歴史の必然を見たような思いです。


 そういえばパリ・エコールノルマル音楽院の室内楽高等演奏家資格を取得する際、2台ピアノでのプログラムで臨み、クレメンティの《2台ピアノのためのソナタ》から始めました。サル・コルトーの2階席にはノエル・リーなど著名なピアニストが審査員として並んでおり、私たちのデュオは音楽院初の20点満点を獲得しました。いろいろ懐かしい!


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オンライン音楽探究 Vol.3「文体は人なり - 作曲家の語法を探る」 のお知らせ

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 非常事態宣言が解除され、新しい日常生活への模索が少しずつ始まってきました。この数か月、SNSでは無尽蔵のルサンチマンが噴出して、今まで見ることのなかった「人となり」に遭遇することで、心の断絶・社会の分断が加速。潜在的にくすぶっていた人種差別や格差・階級社会に対する問題へ飛び火して、世界は一気に混迷の度合いを深めてきました。結果的にマトリックスの世界の到来を速めることになるのでしょうか。実際に日本でも「ムーンショット目標」(https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub1.html)として、内閣府が2050年までにこうした社会の実現を掲げています。


 時代を映す鏡として音楽がどのようなトランスフォーメーションを見せてきたのか、〈オンライン音楽探究〉ではこれまで「行進する音楽」「メヌエットの200年」と題してお届けしました。三部作最後は「文体は人なり」というジョルジュ=ルイ・ルクレール・ド・ビュフォン(18世紀フランスの博物学者・数学者・思想家)の言葉のもと、作曲家の技法そのものにも焦点を当てることにします。
 文体には書き手が現れます(時には隠そうという意図さえも!)。もちろんそこには教養や知性が大きく反映されますが、それ以上に文体は他者への向き合い方を示します。愛があるか、敬意があるか、祈りがあるか、惧れがあるか、迷いがあるか。敵意や警告を有形無形に含んでいる場合も少なくありません。狡猾な人間ほど後者に優れている訳です。


 音楽は他者の語法を学ぶことに始まります。今だからこそ音楽を諸学の一つとして、専門性をさらに高める時期だと考えています。1時間半という短い時間ではありますが、ピティナ・ピアノコンペティションの課題曲を通して、「人となり」を感じる時間を持ちたいと思います。


赤松林太郎 オンライン音楽探究 Vol.3「文体は人なり - 作曲家の語法を探る」
2020年6月18日(木) / 24日(水) 10:00-11:30
https://seminar.piano.or.jp/news/2020/06/akamatsu3.html

「メヌエットの200年」を振り返って

2020年6月4日(木)


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 ヴラディミール・ジャンケレヴィッチの著書を読み返すことができた自粛期間は実り多い時間でした。
 20代の初めにジャンケレヴィッチの美しい文章に触れたことは、私の人生を豊かにしてくれました。音楽家になる道へハンドルを切り替える際、その入り口に『リスト ヴィルトゥオーゾの冒険』がありました。伊藤制子さんの翻訳もまた音楽的で、楽譜上のアーティキュレーションについて一つずつ考えを巡らせながら試行錯誤するように、紡ぎ出された言葉の一節ずつに向かい合わせてくれるきっかけになりました。死せるジャンケレヴィッチに対して、パリでは生きる多くの芸術家に会い、生きた言葉によって私の中で滞留する彼の言葉にたしかな肉感を与えてくれました。それは故フランス・クリダであり、ジャン・ミコー、そしてクリスチャン・イヴァルディの各先生でした。


 リスト本の翌年には『ラヴェル』の日本語訳が出版されました。頁を開いた瞬間から近代フランスの詩を読んでいるかのような眩惑を覚える本書は、福田達夫さんによる美しい邦訳。このような本が絶版になっている現状に少なからずの怒りと失望を抱くわけですが、〈オンライン音楽探究〉第2回「メヌエットの200年」の最後に紹介できたことは、私なりに意義を感じています。


 COVID-19によって世界史の針は急激に逆巻きされていますが、過去に戻るのではなく、予測もつかない速度で次の世界が形成されるのを感じる日々です。今回は〈メヌエット〉という一つのアンシャン・レジームの象徴を通して、200年以上の時の流れを静かに顧みることができました。リュリに始まってカプースチンまでのメヌエットの系譜はプレイリスト(https://spoti.fi/2YrLIwz)という形でまとめてみましたので、Spotifyでご活用いただければ幸いです。ここでは何よりも雄弁に音楽が歴史を物語ってくれます。


 音楽が私たちに教えてくれることの一つに、「擬態」の技法があります。メヌエットはとりわけ作曲家に多くの擬態を求め、時代の要請あるいはしたたかに生きていく術として、踊られずとも生き抜いてきました。ワルツがヨーロッパを踊らせている間、メヌエットは「のようなもの (quasi minuetto)」として次なる目覚めの時を待っていました。ラヴェルは1899年にまずパヴァーヌに息を吹き込み、その10年後には同じト長調の衣裳を纏って、メヌエットという仮面をつけてハイドンを称えます。その衣装が色褪せぬうちに感傷的なワルツ(ト長調で始まる)でシューベルトをオマージュして、自ら第1次世界大戦の戦線に立つことで経験した「一つの時代の終わり」を《ラ・ヴァルス》で描き切りました。ラヴェルのこのような文脈的な創作に想いを巡らせると、熟れ切ったイチジクの極上の芳香が立ち上り、やがて地面に落ちて潰れる景色が想像されます。


 この〈オンライン音楽探求〉はピティナ・ピアノコンペティションの課題曲に始まる旅路で、これまで「行進する音楽」「メヌエットの200年」と題して3回ずつセミナーを開催していただきました。皆様への告知の際は、事務局長の加藤哲礼さんが抒情的な文章で誘ってくださり、出航に先立つ心強い安全祈願となりました。三部作最後は「文体は人なり」という私の座右の銘をタイトルに掲げました。予約開始は6月8日、引き続きよろしくお願いいたします。

【演奏&解説】ラヴェル (ジロティ編曲):カディッシュ

演奏のヒントピティナ・ピアノ曲事典に掲載)


 ラヴェルの早熟ぶりについて、ヴラディミール・ジャンケレヴィッチは「他の人びとが終わるところから始めているのである」と評しています。「一九〇二年から早くも巨匠のわざをみせていたということである。だからフォーレが少しずつ、つねに同じ方向に進歩するのに反して、ラヴェルは二七歳で大家の風格があり誤りを犯すことなく、以来そのときそのときに応じて自分を豊かにしてゆくのである」
 1907年以降のラヴェルは、異国趣味や民俗音楽を次々と取り入れた作品を残します。《2つのヘブライの歌》(1914)の第1曲はアラム語による典礼文をテクストにした「頌栄(カディッシュ)」。ハ短調のドミナントであるト音がドローンとして響き続け、死者たちへの哀しくも燃えるような旋律が繰り広げられます。神秘的に開始した歌はハープを模倣したようなアルペジオに誘われるまま熱狂に向かいます。《ツィガーヌ》(1924)でツィンバロンの模倣をピアノ・リュテアル(ベルギーのオルガン製作者ジョルジュ・クルタンが1919年に特許を取得したばかりの楽器)に委ねたように、ラヴェルは作品に応じてピアノに擬態を求めているのが分かるでしょう。
 ラヴェルの美学を何一つ損ねていない点で、この作品は名編曲と言えます。編曲者のアレクサンドル・ジロティはリストの最後の弟子に名を連ねる一人で、ラフマニノフの従兄としても知られています。まずは旋律を除いた伴奏部を作り込んでみることから始めてみましょう。長いペダルによって不協和音がマーブル状に揺れ、美しい異世界が現れます。アルペジオを重ねるごとに響きは熱を帯びてきて、やがて乱れ打ちする不協和音の中で恍惚とした表情に至ります。一方、歌にはメリスマが多用されますので、ぜひオリジナルの歌曲演奏を聴いてください。独特の揺らし方をとらえて楽譜の中に書き込んでいくことは、音楽を学ぶ上で良い経験になるでしょう。


【参考文献】
ヴラディ―ミール・ジャンケレヴィッチ『ラヴェル』(福田達夫訳)白水社
ハンス・シュトゥッケンシュミット『モリス・ラヴェル その生涯と作品』(岩淵達治訳)音楽之友社
【参考リンク】
A guide to the Piano luthéal
 https://youtu.be/n5VpzwrTkfI
Madeleine Grey songs Kaddisch(初演者であるマドレーヌ・グレイによる演奏)
 https://youtu.be/V5OHxLqiTsc


Maurice Ravel [1875-1937] (arr. Alexander Siloti): Kaddisch (from "2 Mélodies hébraïques")
pf. Rintaro Akamatsu

大阪音楽大学より公開オンラインレッスン配信

2020年5月31日(日)


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 6月から対面レッスンが再開するのに先立ち、今日は大阪音楽大学より公開オンラインレッスンをYouTubeでライブ配信しました。累計600名以上のご視聴をいただき、時間内で答えきれないご質問を皆様よりお寄せいただきました。非公開6名と公開2名のレッスンではZoomを使いましたが、たしかに音質の問題が小さくないとはいえ、言葉と心を尽くして音楽を伝えるということにおいて、決して不自由はありません。良い時代になりましたね。
 本学の入試センターが一丸となって、この配信を成功させてくださいました。ありがとうございました。

オンラインによる公開レッスン配信 のお知らせ

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 非常事態宣言に伴い、大阪音楽大学で予定されていた2回目の公開ピアノワークショップが中止になりましたが、代わりに大学からオンラインでのレッスンをYouTubeでライブ配信することになりました。多数の受講お申込みをいただいたそうですが、今回は2名のみの公開レッスンとなります。曲目などの詳細は以下のURLよりご覧ください。


赤松林太郎による公開オンラインレッスン
2020年5月31日(日) 14:00-15:50
https://www.daion.ac.jp/examination/event/genre/piano/?fbclid=IwAR2jHej8EUFVMVwMsPQ03qHqa3iWW6vltWZRYJmGouZJTMHoVo6AHNECObw