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赤松林太郎 旅と音楽

闘うピアニスト、平成から令和へ。新しい時代も駆け抜けていきます!

Short break in Kobe

2019年8月11日(神戸)


 残暑の候 本格的な暑さが続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか。今年は山に登らず、数日間神戸の自宅にこもり、のんびり過ごします。
 近年は海外への渡航が増え、演奏や執筆、大学の勤務、年間100回以上のセミナーだけで手一杯ではありますが、時間が許すかぎり後進に音楽を伝えたいと思い、主に第2指導者として定期的に指導にあたっております。このたびはピティナ・ピアノコンペティションに参加した門下生19組が全国決勝大会に進めることになり、また多くの方々が入賞されました。まことにおめでとうございます。
 努力が必ず報われる道ではありませんが、道に迷った時のために、シューマンがラローに語らせた言葉で「最初の発想は常に最も自然で最も良い。悟性はまちがえるが感情はあやまたない」(《音楽と音楽家〉)という箴言を記しておきます。

Rintaro Akamatsu Lecture Concert Series vol.4 in Nakatsu, Oita

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 2年前から始まった大分県中津市でのレクチャーコンサートシリーズも、早いもので第4回となりました。偶数回は室内楽なので、今回は元九州交響楽団首席クラリネット奏者のタラス・デムチシン氏を迎えて、ブラームスのクラリネットソナタ2曲を中心に演奏しました。ブラームスは新しい交響曲を構想する時に室内楽を書く習慣がありましたが、この2つのクラリネットソナタでもピアノとクラリネットのかけ合いの中に小さな交響曲を感じることができ、主題や動機が絶えず変容する「ブラームスの霧」によって、私たちをより奥深い世界へと誘ってくれます。
 新しい会場となる sala arietta は豊かな音響がドーム状に広がり、作曲家が天蓋となって私たちを見守ってくれているような安らぎが得られるところでした。クララ・シューマンの手記には、ある時ブラームスから “Machen Sie wie Sie wollen, machen Sie es nur schön!” (とにかく美しく頼むよ、好きにやっていいから) と言われたことが残されています。タラスは自らの平衡感覚で自由に音楽を揺らし、自在に音符と戯れているようでした。晩年のブラームスがクラリネットに特別な愛着を持っていたのは明らかで、彼の〈愛の主題〉がピアノパートによって巧緻で重厚なタペストリーに織り上がっていく様は、無上の美しさです。私がこれ以上ブラームスについて何が言えるでしょうか!
 2回公演ともに満席で、ご来場くださった皆様に御礼申し上げます。昨年ウィーンの指揮者コンクールで優勝したタラスが創設したベートーヴェン・シンフォニエッタとの共演で、11月2日(土) 福岡の早良市民センターにてベートーヴェンの《ピアノ協奏曲第1番》を演奏します。また中津でのレクチャーコンサートシリーズ第5回は12月14日(土)、リル・ドリームにてシューマンを特集いたします。併せてお越しいただけましたら幸いです。

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第4回・秋のソナタ ~ブラームスの見た景色~


 初々しい春の喜びが風のように吹き抜け、焦げるような太陽が支配した夏が去り、心はしだいに様々な色に染まる情景へと向かいます。時の移ろいは、人生に秋の気配をもたらします。ただ前方を向くだけの青年時代とは違い、未練や悔悛の情を含みつつも、日足が急に短くなった夕暮れ時の光景のように、独特の風情と輝きを放つもの。
 今回の〈秋のソナタ〉ではハンブルク生まれの巨匠ヨハネス・ブラームス(1833-1897)が主人公です。人生の終盤を迎えようとしていたロベルト・シューマン(1810-1856)を訪ねるところから、彼の芸術家としての物語が本格的に始まります。
 青年ブラームスは多くの音楽家を紹介されながらライン河を徒歩で旅行を続け、ついに1853年9月30日、デュッセルドルフにあるシューマン家の扉を叩きました。6月にヴァイマルでフランツ・リスト(1811-1886)に会って失望したブラームスは、この訪問に少なからずの不安を覚えていましたが、ビーダーマイヤー的な生活を送っているシューマン夫妻に対してそのような心配は一切無用でした。古い街並みが続くビルカー通りのシューマン家は家庭的な雰囲気に満ちており、シューマン(ロベルト)は「やあ、よく来たね」とブラームスを居間に招き入れたのです。先に弟子入りしていたアルベルト・ディートリヒ(1829-1908)は、その時の様子をシューマン自身から秘密めかした笑顔で告げられました。「すごい人物がやってきた。その名はヨハネス・ブラームス。これから皆、偉大な作品を聴くことになるんだぞ」
 しかし、彼らの別れはあっけなく訪れました。精神に錯乱をきたしたシューマン(ロベルト)は自殺未遂の後ボン近郊のエンデニヒに収容され、1856年7月29日に人生の幕を下ろしました。葬儀はごく近しい友人にしか知らされず、その後ブラームスがシューマン家を献身的に支え続けたことは、知られているとおりです。

 ブラームスの人生は未亡人クララとの書簡を通して追うことができ、まさにクララと共にあった生涯とも言えるでしょう。栄光の19世紀も終わりに差し掛かり、ロマン派の最後の巨匠として確固たる地位を手にしたブラームスは、大きく変貌を遂げたウィーンで創作活動に終止符を打とうとしていました。1891年5月6日、ブラームスの誕生日を祝うクララの手紙では、「私たちは皆、老いに対して貢物を納めなければならないのですね。でもなんと辛いことなのでしょう」と温かい気づかいが寄せられています。
 しかし同年、マイニンゲンで宮廷管弦楽団のクラリネット奏者リヒャルト・ミュールフェルト(1856-1907)に出会ったことで、ブラームスは創作意欲を取り戻し、いわゆる〈晩年〉の創作期に突入します。「当地のミュールフェルト以上に、美しくクラリネットを吹く人間はいません」「貴女も満足することでしょう…ただ私の音楽が邪魔にならないよう祈るだけです」とクララに感動を伝えています。
 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトにとってのアントン・シュタートラー、カール・マリア・フォン・ウェーバーにとってのヨーゼフ・ベルマン、そしてブラームスにとってのミュールフェルトを想う時、クラリネットは霊感を具えた楽器と言えるかもしれません。いずれにせよ、ブラームスが《クラリネット三重奏曲》(Op.114)と《クラリネット五重奏曲》(Op.115)、そして2曲の《クラリネットソナタ》(Op.120)を書き残し、堅牢なソナタ形式に立脚しながらもブラームス独自の諦念に満ちた抒情性を織り込んでいくことで、古典音楽の総決算としたのです。
 世紀末が近づくにつれ、ウィーンを首都とするハプスブルク帝国は斜陽に向かい、名声を得ようとする才能は勃興するベルリンに群がり、新時代の建設に邁進しました。ウィーンのブラームスはすでに獅子奮迅の時期を脱し、クララの弟子たちが証言するように静かな日々を送っていました。
 楽曲もまた然り、ブラームスの音楽ではゆっくりと時間が進みます。この時間はメトロノームの速度とは関係がなく、心のひだを通る速さのことです。重い口を開いて、いくつかの言葉を漏らすのと同じように、彼の音楽は心の速度を取るようになります。それゆえ、どれほど喜びに満ちた瞬間でも彼の音楽は翳を伴って、北方の暗く長い冬を目前にした秋の奥深さを感じさせるのです。
 本公演ではタラス・デムチシン氏のクラリネットがブラームスその人となります。かつて彼の独奏でシューマンの《幻想小品集》を共演した後、彼の指揮でシューマンの《ピアノ協奏曲》を演奏したことがあり、その演奏はブラームスの標語でもある「自由に、しかし楽しく」(Frei aber Froh)を体現したものでした。これは真に孤独を知る人のみが達し得る音楽で、私はその日以来、彼のことをひとたびも忘れることはありませんでした。今日は彼の奏でる晩節のアリエッタに和音を添えて、音楽を響かせることができれば幸いです。

※〈中津にかける音楽の虹 赤松林太郎レクチャーコンサートシリーズ〉第4回に寄せた文章です。

KIWANIS Club of Sapporo Benefit Concert 2019

2019年8月6日(札幌)


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CASIO Music Baton in Kitakami, Iwate

2019年8月5日(北上)


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 今日は北上市文化交流センター さくらホールで、CELVIANO Grand Hybrid を用いたトークコンサートに出演しました。Music Batonの担当は15回目になります。CASIOのアンバサダーとして、というよりも、何人も音楽を平等に楽しむことができるために活動したいという想いで、電子ピアノの普及にも取り組んでいます。
 グランドピアノと電子ピアノは全くの別物であり、電子ピアノはグランドピアノの代替品ではありません。そうは言っても、今日の音楽愛好家や学習者の大半を支えているのは電子ピアノですから、日進月歩で進化する電子ピアノとグランドピアノの架橋が早急に必要だと感じています。電子ピアノを弾いていたら下手になると公言する人は、案外ピアノ自体を上手に弾けていないものです。電子ピアノからも美しい音楽を紡ぎ出せる人は、鍵盤楽器の秘密をよく知っているからです。アコースティックのピアノに近づけようというメーカーの叡知と技術は、一方でピアノとは全く異なる効果や表現力を手にしており、私にとっては大変面白いものです。一企業の製品にとどまらず、電子ピアノの有効な活用法を提案していければ幸いです。

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Wine Club BeNiKo (Okamoto & Chez AKAMATSU)

2019年8月1日~2日(神戸)


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 〈腐れ縁の会〉×〈ワインクラブ紅子〉。初日2日は久しぶりに友(ほぼ仕事関係者)と過ごし、心ゆくまで堪能しました。いつも脱帽するしかない三田牛〈廻〉をお譲りくださるH氏には、生命を預かることの重みを教えていただいており、ありがたく頂戴しました。希少部位(マルシン)は女王のような威厳と優雅さを兼ね備えており、戻るべき五感の原点を再確認した思いです。肉の相を見て、語らい、静かに火が通っていく音を聞いているだけで、次なるアイデアが湧き上がってきます。

Best wishes for the summer season!

2019年8月1日(神戸)


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 自宅スタジオで商業用収録ができる環境が整い、数年越しの悲願がようやく叶いました。あとはアイデアを形にしていくのみです。今日は久しぶりに一日中ピアノに向かっており、身体が本来の自分のスタイルに戻り、楽になりました。大きなプロジェクトを支えてくださっているチームの皆に感謝。

動画で旅する音世界 | YouTube撰 (5)


名匠ユライ・ヘルツが《モーツァルト》(1991)を撮っていたとは! 3部構成になっており、第1部では父でもある名教師レオポルトの手ほどきとヴォルフガングの天才の開花が生み出す物語が写実的に描かれている。少ない台詞で淡々と進む分だけ、神童の天衣無縫が際立っていく。



ボビー・マクファーリンの魅力が眩しい。彼にはマンハッタン生まれだからこその都会的な洗練がある。ヨーヨー・マとの《ハッシュ・リトル・ベイビー》(1992)は大都会のるつぼが産み出した声で、罪のない喜びと希望に満ちている。こういうアメリカの顔ならいくらでも見たい。



サリエリを悩める芸術家に仕立て、モーツァルトに毒殺を企てる。史実はともかく、芸術と嫉妬を主題にしたプーシキンの戯曲によるリムスキー=コルサコフの小歌劇《モーツァルトとサリエリ》。後期ロマン派のテイストでモーツァルト作品の引用が随所で施されている。



ショパンのエチュードを移調練習する習慣はパリで身についているが、《革命》を半音上げて、かつ左手だけで弾くゴドフスキー編曲は常軌を逸している。半音階の使い方が後期ロマン派に共通する独特の方法で、ゴドフスキーならではの不協和音の進行が音楽の密度を高めている。



雄弁と寡黙。両者は正反対に見えるが、ミハイル・プレトニョフがウラディミール・ホロヴィッツの精神的継承者になることを予見する映像。ホロヴィッツはどの楽器を使ってもホロヴィッツの音になる。一方のプレトニョフはシゲルカワイを得てからピアニストの道に戻り、独自の進化を遂げていった。自分の声を見つけたのだろう。



波乱万丈の生涯を送ったドゥシークはマリー・アントワネットと縁が深かったにも関わらず、タレーランのおかげでパリ帰還を果たし、〈パリへの帰還〉と題されたピアノソナタでアントワネットの亡霊を登場させた。ソナチネの作曲家という認識で終わるには余りある才能と人生。



エリーザベト・シュヴァルツコップの《音楽に寄せて》は至福。イディル・ビレットにリスト編曲のシューベルト歌曲を聴いてもらった際、男声だけでなく女声の演奏もよく聴くように言われた。その時シュヴァルツコップについて熱く語っておられたが、今まさに同じ気持ちでいる!


※twitter(@officelaparade)でのツイートから転載・一部加筆したものです。

Piano Course at SGCM

2019年7月27日(川崎)


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 台風6号は首都圏直撃を避けましたが、水蒸気を限界まで含んだ暑さは半端なく、どれだけ部屋を冷やしてもピアノの音は曇ったまま。ヨーロッパの学生に比べて、日本の子どもたちが一音ずつ鍵盤の底まで押しつけるように打鍵してしまうのは無理からぬこと。ヨーロッパで音を磨いたことがある学生であれば、レッスンの中で指先の感覚の記憶を呼び起こしてあげられますが、そうでない子への指導はこの時期過酷をきわめます。
 響かないピアノではどうしても余計な力が入ってしまい、手から腕全体に乳酸がたまり、小指が悲鳴をあげる頃には強い絶望感に襲われます。そういうピアノの前では無理やり鳴らそうとするのではなく、音響の豊かなホールで美しい音を奏でる時のタッチ感をイメージして、耳元だけでも立体的な響きのドームを作ることを旨としてほしいと思います。
 今日は朝から大学にこもりました。前期の実技試験は終わっていますが、私のクラスではコンクールを抱えている学生が多く、半期15回のレッスンではとても間に合わないため、日程が許すかぎり補講を重ねているのが実状です。努力がすぐに結果に結びつかない世界ですが、熱意溢れる学生に恵まれ、共に切磋琢磨できる環境に感謝。

Masterclass for Fukuoka International Piano Masterclass

2019年7月26日(福岡)


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 師が亡くなって7年が経ちました。ピアノに向かう私の後ろに座り、逆さに持った太い鉛筆で机を叩きながら大声で拍子を取られたことを、昨日の出来事のように思い出します。どの瞬間を切り取っても、真っ赤な髪の毛に相応しい情熱の持ち主でした。フランス・クリダ先生は「マダム・リスト」の愛称で世界中で親しまれていましたが、フランツ・リスト(1811-1886)自身も伝説的なピアニストだっただけでなく、優れた人格を有した教育者でもありました。今、師を想うことが多いのは、リストの精神性を継いだ芸術家だったからに他なりません。
 今日は日帰りで福岡を訪れ、コンクール直前の指導をしてきました。福岡国際ピアノマスタークラスは設立からまもなく3年が経ちます。何事も軌道に乗せるまでには多大な時間と労力がかかり、その間に多くの去来がありますが、現在のメンバーは小学生が主体なので、会うたびに変化する彼らの身長や顔つきに「育む」ことの大きさを感じています。これは福岡のマスタークラスに限ったことではありませんが、この先何年間かレッスンを続けていく過程で、私が大きな系譜の中で師から学んだものが子どもたちの個性に新しい芽生えを生んでくれるよう願っています。

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Summer Masterclass for Hyogo-Sanda Piano Academy 2019

2019年7月23日~25日(三田)


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 7年目を迎えた兵庫三田ピアノアカデミー(主管:平瀬楽器)。今年も北海道から沖縄までメンバーが兵庫県三田市に集い、3日間の夏期講習を開講しました。
 初日はまずホールで弾き合い会をして、舞台上と観客席を往復しながら聴いてもらいました。自分の演奏を観客席で聴くことがないのはもちろん、自分以外の演奏を舞台上で聴くことも少ないので、他人の演奏を聴くことで、その様子からタッチ感をイメージして、イメージしたものと実際の響きにどのくらいのギャップがあるかを思い巡らせる機会になります。客観するにも経験値を問われるので、各々が全感覚を集中させる時間。
 イメージどおりの音が出ている場合もあれば、音が伴っていない場合もあります。ただし、ホールでは演奏の良し悪しには触れませんし、レッスンも一切しません。そのかわり、生徒たちの演奏の合間に実況中継のようなレクチャーを入れ、環境に合わせた演奏のためのヒントを投げていきます。学生たちは練習室が住処なので、ホールの住人である私たちの耳と違うのは当然のこと。その相違を言語化して、音と共に空間を感じ取ってもらい、ホールに相応しい演奏の技術と思考を教えていくことが、ここでの私の仕事になります。
 2日目からは3~4名単位のグループレッスン。一音ずつ音質を磨いていく作業をひたすら続けました。今年度はメンバーの新陳代謝が進み、6名がアカデミーに加わりました。彼らが運んできてくれた風が皆にとって心地よく、新しい出会いに感謝しています。通年のアカデミーレッスンは東桂子先生とのダブルティーチングなので、笑いあり涙ありのピアノライフなのではないかと想像しています。
 私自身も七転八倒の毎日で、月刊誌の連載に加えて、単著を1年以内のペースで出す生活が始まりました。1冊目のレジュメを作成するだけで2晩かかり、ようやく出版社に送信。タイトル付きで章立てができたら6割が完了したようなものだと聞きますが、これからの道のりは途方もなく長いもの。学生時代に論文指導で教わったことを痛感しながら言葉を絞り出していますが、40代の入り口にこのような大きなチャンスをいただけたことを励みにします。

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ジェームズ・レヴァインはピアニストとしても一流で、モーツァルトやベートーヴェンの五重奏曲(管楽とピアノのための)を一聴するだけで明白。しかしこのようなイタリア歌曲をオーケストラ張りの効果で弾けるピアニストこそ真の指揮者で、パヴァロッティが水を得た魚のよう。



ジョン・アダムスの魅力を教えてくれた演奏、いや〈アタッカ四重奏団〉を注目するきっかけになった動画。今、若手の弦楽四重奏団が世界的に面白い!



ピティナ・ピアノコンペティションの課題曲になっているリュリ《クーラント》だが、レオポルト・ゴドフスキーの編曲で聴くとヴェルサイユ楽派らしい艶やかさがより大胆な装いとなり、世紀末の香りを含む。ただしセルゲイ・ラフマニノフの粘性やアール・ワイルドの誇大感はなく、あくまでギャラント。



電子楽器の限界よりも魅力を見た方がはるかに創造的だ。例えばテルミン。創始者レフ・テルミンの演奏に聴いたレーニンは、自らグリンカの歌曲を弾いたという。レフと個人的に親しかったクララ・ロックモアの演奏が残っている。元はアウアー門下の天才ヴァイオリニストだった。



パリで室内楽を師事したクリスチャン・イヴァルディ。「イヴァ爺」の敬称で慕っていたが、なにかとジャン・コクトーを想わせる人だった。才人にして狂気の持ち主で、氏のもとでもっと深く学ぶ機会があれば、私の音楽観に大きく影響しただろう。学生時代の不足を悔いる。



いくつもの《トゥランガリラ交響曲》を聴き比べ、シャルル・デュトワ/ヴェルビエ祝祭管弦楽団に巡り合った。なんという至福。前途ある若者たちの音楽への直向きさだけでなく、溢れんばかりの才能とデュトワの監督(2009年~)が一体となり、この作品の宇宙的な響きを創出。やはりヴェルビエ音楽祭に行かねばならぬ!



チョン・ミュンフンがフランス国立放送交響楽団を率いた《トゥランガリラ交響曲》では、ロジェ・ムラロのピアノが圧巻で、さながら軍神と猛獣の様相。第5曲と終曲はミュンフンにしかできない大迫力のエンディング。これほど嬉々とした表情の彼をかつて見たことがない。必見!


※twitter(@officelaparade)でのツイートから転載・一部加筆したものです。

Masterclass & Workshop in Takamatsu (Bach: Sinfonia vol.2)

2019年7月18日~19日(高松)


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Workshop in Dazaifu, Fukuoka (Bach: WTC vol.13)

2019年7月18日(大宰府)


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Masterclass & Workshop in Kumamoto (Repertory of Classical and Romantic period)

2019年7月16日~17日(熊本)


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ネルソン・フレイレは真に神に愛された才能。心から羨ましい。はたして私は38歳の時にこれほど美しい世界が描けただろうか。自然の摂理に逆らわず、自然の持つ美しい曲線に身を委ねている。初めてデュッセルドルフで彼の横に座った時に抱いた柔らかい空気感が、そのまま演奏となっている。



オックスフォード大学の公開講座で、内田光子がまずピアノ協奏曲のオーケストラパートを鮮やかに弾いてみせる。ソロパートより明らかに高度だ。彼女が言うように、作曲家や作品によって全てが異なる。それをまずオーケストレーションから読み取って、ピアノで追求するという知的な作業を、はたしてどれだけの学生がしているだろう?



《焔に向かって》。同じVladimirでもソフロニツキーが弾くと妖艶になり、ホロヴィッツは太陽のフレアのごとし。スクリャービンは晩年作に至るほど、演奏者の観念が直接的に反映するように思う。だからスクリャービンを弾く学生には、まずこの作品の印象を問うようにしている。



ヒナステラのハープ協奏曲は極彩の密林を想わせる、プリミティブにして徹底的にモダンな作品。貴公子グザヴィエ・メストレの十八番だが、今年春に動画と同じウィーン楽友協会ホールで聴いた時は手元をほとんど見ることなく、降臨した大天使のごとく余裕と威厳に満ちていた。



バロックのスタイルが瞬く間にエレキギターの世界に早変わり。クラヴィコードという数百年前の楽器に触れて、即興的に新しい時代の紡ぎ出せるフリードリヒ・グルダというとてつもない天才に脱帽。しかも《リコのために》はユーモラスで大きな愛情に包まれている。



90年代のIRCAMでも特異な作曲家として知られたヤン・マレスが、ラヴェルのヴァイオリンソナタを協奏曲にアレンジ。第1楽章は原曲では感じることのないコルンゴルト的ユートピアが広がり、ルノー・カピュソンの美音にうっとり。ハリウッドにも受け入れられる交響詩に変容。



ヤン・マレス編曲のラヴェル《ヴァイオリンソナタ》には驚かされたが、この曲の決定版を一つ挙げるとするとやはり米元響子。人差し指ではなく不器用な親指でピッチカートをすることで、ブルース感がより際立ち、若さと伸びやかさが相まって最高にエキサイティングな演奏!


※twitter(@officelaparade)でのツイートから転載・一部加筆したものです。

Summer Masterclass at Wako Music Academy in Saitama

2019年7月14日~15日(さいたま)


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 さいたま(主管:和幸音楽院)でもマスタークラスが設立され、4月からクラス生のレッスンが始まっています。入会ご希望の方が多く、9月からの下半期はジュニア科・受験科ともに定員を増やす運びとなりました。ジュニア科に限って聴講可能ですので、案内(http://wako-gakki.co.jp/archives/2682)をどうぞご覧ください。
 この2日間はクラス生に限定しない公開レッスンを開催いただき、ピティナ・ピアノコンペティションにエントリーしている42名を指導しました。コンクール直前の単発レッスンは庭の剪定と似た仕事なので、過剰になった部分をよい形に導くことに徹するよう心がけています。決して私のスタイルに作り直す作業ではありません。一方、無表情に思われる演奏でも、本当は何もないのではなく、表情の出し方を技術として教わってこなかったケースがほとんどで、分厚い角質の中に色味や質感が埋もれているだけだったりするのです。表現するための蓋を開けてあげるのも大事な仕事の一つです。
 ただし、どうしても「手取り足取り」伝えなければならないのがペダリングです。ショパンのエチュードもそうですが、ドビュッシーともなるとピアノの下に潜ることを厭わず、両手を使って学生たちの両足に技術を伝えなければなりません。その時だけは親鳥になってひな鳥へ口移しで給餌する気分です。
 「ペダルを耳で踏みなさい」という慣習的指導は、その言葉掛けからして意味の体を成しておらず、学生にとって決して有益ではありません。どの製品にも取扱説明書があるように、ペダルを使い始める際はピアノの構造からペダルの役割をきちんと理解して、その用法を楽曲分析と共に学んでいく必要があります。楽器の変遷を経てロマン派に入ると、美しく濁らせるためのペダリングが求められます。ちょうどコーヒーやワインが巧みなブレンドによって生み出されるのと同じで、非和声に働く音をどのようにペダルで含んでいくのかが美しさの鍵を握ります。ペダリングを追求するほど、鍵盤のタッチングにも意識が及ぶようになるので、私はペダルを使い始める幼少期からこのようなことをしっかり伝えるように努めています。多彩なペダリングの全容がつかむために、ヘルムート・ブラウス著《ピアノを歌わせる ペダリングの技法 ー「いつ踏むか」ではなく「どう踏むか」 》は良書。

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Workshop in Kita-kyushu, Fukuoka (Repertory of Romantic period)

2019年7月12日(北九州)


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Workshop in Miyazaki (Bach: Invention vol.2)

2019年7月11日(宮崎)


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Workshop in Yokohama (Chopin: Etudes vol.2)

2019年7月9日(横浜)


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Gala Concert for 30th Anniversary of Sanda City Fresh Concert

2019年7月7日(三田)


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 今日は三田市総合文化センター 郷の音ホールにて、〈シティ・フレッシュコンサート30周年記念 SUMMER CONCERT〉に出演させていただきました。午前中に大阪音楽大学のオープンキャンパスで公開レッスンを担当したため、開演直前の会場入りとなってしまいましたが、地元で演奏を聴いていただける機会は格別にうれしいものです。
 ガラ・コンサートは管楽器や弦楽器のアンサンブルも加わり、多彩なプログラムでした。私の演奏曲目は、モーツァルト《幻想曲 ニ短調》、シューベルト/リスト《魔王》、ファリャ/赤松林太郎《火祭りの踊り》。

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