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Public Masterclass for Sonata Concours in Tokyo

9/12/2018(調布)
形式が与えられるほど、音楽は幻想を深めていき、真に解放されるもの。それが音楽の最も魅力的なところであり、人間の精神の尊さを表しているように思います。今日は終日にわたりソナタコンクールのマスタークラスを担当しました。創造の奇跡を共に感じ、響かせる時間を過ごすことができました。教授陣は練木繁夫、若林顕、横山幸雄、赤松林太郎(敬称略)。

 
 
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Arrived at Sapporo

6/12/2018(札幌)
雪の札幌で待っていたのは、なんと星澤幸子先生でした。何度か私も参加させていただいたことがある星澤幸子ファンタスティックパーティーが終わり、先生が帰宅されるところをホテルの玄関で対面。幸せをお裾分けしていただきました。いつもありがとうございます!

.06 2018 時々休息 comment(-) trackback(-)

Workshop (Burgmüller: 18 Etudes vol.3) in Osaka

6/12/2018(大阪)
メンデルスゾーンやシューマン、あるいはショパンやリストと同じ時代に、同じ街で活躍したヨハン・フリードリヒ・フランツ・ブルクミュラー[1806-1874]。とりわけ《18の練習曲》からは、初期ロマン派の詩情や技術的なエッセンスが鮮やかに現れてくるのが実感できます。この時代の主人公であるピアノだからこそ表現し得るポエジーを求める旅路も、次回がいよいよ最終回。

.06 2018 日々音楽 comment(-) trackback(-)

Workshop (Bach: WTC vol.9) in Tokyo

5/12/2018(東京)
帰国翌朝からいつもの日常が戻ってきましたが、今回のローマ滞在は今までの旅行とは全く異質の、大きな学びと糧を得ることのできた日々だったので、とりわけバッハの楽譜を読み解いていくことへの歓びは形容しがたいもの。今日の講座で《平均律クラヴィーア曲集第1巻》は第12番に到りました。あれだけ長い旅路に感じられた道のりも、気がつけば折り返し地点。まさしく牛歩千里を往く。

 
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San Francesco d’Assisi: Patronus of Franz Liszt

3/12/2018(Roma)
トラステヴェレ地区の外れにあるサン・フランチェスコ・ア・リーパ教会。豪奢ではない建物や広場に立つ十字架の様子からも、フランシスコ会の教会であることが察せられます。フランシスコ会の設立者アッシジの聖フランチェスコを称えて、フランツ・リストは《伝説》の第1曲で彼の奇跡を描きました。アッシジの聖フランチェスコはリストの守護聖人なので、作曲に対する想いは並々ならぬものだったはずです。ローマに移住したリストは僧籍(ただし下級聖職位なので典礼を司る資格がなく、結婚や恋愛は自由)に入り、このようにキリスト教を題材にした作品を多く残しました。興味深いことにリストが楽譜に残した長い標題(St François d'Assise: la prédication aux oiseaux)はフランス語でした。それ故に「聖フランシス」(日本のカトリック界でもこの呼称が一般的)なのですが、これは ①アッシジの聖フランチェスコが南仏プロヴァンスに強い嗜好を持っていたことへのオマージュ、②リストがある作品や人物へのオマージュを示す時はきまってフランス語を用いたこと、が背景に考えられます。もっともこの教会で見逃せないのはベルニーニの晩年作《福女ルドヴィカ・アルベルトーニ像》で、73歳という年齢が生み出した奇跡的な法悦。

 
 
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Santa Cecilia in Roma

3/12/2018(Roma)
聖セシリア(チェチーリア)は音楽の守護聖人。ローマの音楽院は彼女の名前を冠しており、ローマの、イタリアの、世界の音楽家を保護する聖人として親しまれています。伝承として彼女は多くの楽器を用いることができ、弾き歌って神を賛美しました。そのため彼女を描いた多くの絵画は天を仰ぎながら楽器を奏でており、バルベリーニ宮やコンセルヴァトーリ宮の所蔵画は心が洗われるような美しさです。セシリアは「心のうちに音楽を奏でていた」と言われており、演奏家としての矜持を最初に示した先人と考えることもできます。殉教して葬られたカタコンベからセシリアが発見されたのは、死から千数百年経った1599年のことでした。拷問の末に首を斬られ3日間苦しみながら亡くなったセシリアですが、「聖女の墓が開けられた時に見た遺体をそのままの姿で写した」という碑文のとおりに、ステファノ・マデルノが彫刻した聖セシリア像の首には深い傷が残されています。神を賛美するために貞節を守り、音楽に殉じた聖女の美しさは、このカタコンブの上に建てられたサンタ・チェチーリア・イン・トラステヴェレ教会で永遠に残されています。11月22日は聖セシリアの記念日で、亡きフランス・クリダ先生の誕生日でもあります。死の数日前まで痛みを抑えながら弟子にレッスンを施していたという師を想うと、落涙を禁じ得ません。ここは私にとっても聖地のひとつです。

 
 
 
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Concert on CASIO Sound Tradition Festival Stage in Roma

1/12/2018(Roma)
今回のリスト国際音楽コンクールにおいてカシオ計算機株式会社が公式スポンサーに加わってくださり、練習用の楽器提供ならびにカシオ賞の授与をいただきました。そして今日はコンクールが開催された会場にて、アカデミーに寄贈されたCERVIANO Grand Hybridを用いたコンサートが開催され、現代のピアノを想定せずに作られたバッハとピアソラの作品を、スタインウェイとCERVINOの両方で演奏しました。中でもバッハの組曲は性格の異なる舞曲が続くため、一曲ずつ楽器や音色を変え、それに従ったオーナメント(即興的装飾)を楽しんでいただく趣意で進めました。会場には人が入りきらず、食堂からも椅子を運んできて対応していただきました。主催 Accademia d’Ungheria in Roma、共催 Danubia Tarents、協賛 カシオ計算機株式会社、協力 Propart Hungary Bt.、そして報道番組で取り上げてくださったハンガリーのテレビ局M5にも深く御礼申し上げます。

 
 
 
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Awards Ceremony & Gala Concert of the 1st Liszt International Music Competition in Roma

30/11/2018(Roma)
First of all, I would like to congratulate all winners of the 1st Liszt International Music Competition. I am really happy to be here because Roma where Franz Liszt has lived and played very important role in creating new generation between 19th and 20th century, is one of the most significant places and continues to fascinate people around the world. Also I am honered to listen to many wonderful performances and get prizes to young musicians, additionally CASIO Award for the most promising talent in Category C, Máté Puskás who performed Liszt’s fantastic transcription “Soirée à Vienne no.6” in gala concert. This is a valuable opportunity for students or young talents with a bright future, and it is also meaningful for the reputation of this city. At last I would like to express great respect and deepest gratitude to our jury member, the Academy of Hungary and CASIO supporting the competition. I wish sincerely for the continued success.
Wonderful jury members at I. Liszt International Music Competition in Roma: István Székely (President: Professor at Katarina Gurska Conservatory, Madrid), Julianna Kiss (Director of Danubia Talents), Roberto Galletto (Professor at Conservatorio Santa Cecilia, Roma), Drahomira Biligova (Professor at Conservatorio Alfredo Casella, L'Aquila) and Rintaro Akamatsu (Professor at Senzoku Gakuen College of Music & Osaka College of Music).
http://www.danubiatalents.com/en/event/liszt-2018

 
 
 
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Jury of the 1st Liszt International Music Competition in Roma (Day 3)

30/11/2018(Roma)
最終日はピアノ部門のカテゴリーB、そして室内楽部門のカテゴリーD, Eが実施されました。マルタ在住の12歳の少女が演奏したラフマニノフの《楽興の時》は、これがコンクールであることを忘れさせるような人間性・芸術性を表しており、私の師のひとりであるジャン・ミコー先生がかつてイタリアで審査したという「10代の少年」(10歳でローマでデビューしたダニエル・バレンボイム)の話を思い出しました。19世紀で最も偉大なリストが演奏家であること以上に重要な働きを果たしたローマに、こうして皆が引き寄せられているのを感じます。

 
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Jury of the 1st Liszt International Music Competition in Roma (Day 2)

29/11/2018(Roma)
2日間にわたり熱演が続いたピアノ部門カテゴリーEが終わり、10歳以下のカテゴリーA、そしてC, Dが実施されました。楽譜に書かれている繰り返し記号をしっかり守り、とりわけバロックの作品を弾く時、8歳の子供でも当たり前のように即興的な装飾を美しく施しているのには感心します。

 
 
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Sant'Andrea della Valle: Act 1 of “Tosca”

29/11/2018(Roma)
今回の仕事場までの最寄りのバス停が、ちょうどサンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会の前でした。ジェズ教会と同じくデッラ・ポルタによる設計で、その影響を受けながらカルロ・マデルノがファサードとクーポラを完成させたこの教会は、なによりも《トスカ》第1幕の舞台として知られています。このオペラが最も表しているのは1800年のローマ、つまりナポレオン1世が北イタリアを再獲得してイタリア王国を建国する前の、不穏な政局を多分に反映した空気感です。第2幕はローマの警視総監スカルピアが主人公となりますが、反ナポレオン派の彼が公邸に使ったファルネーゼ宮が現在のフランス大使館となっているのも、このオペラを理解する上で大事なことでしょう。ローマにおけるファルネーゼ家の栄光と権謀の数々については言うまでもありません。そしてこのオペラはサンタンジェロ城で終幕を迎えます。ここは歴代の教皇によって強化され、牢獄を含む軍事的施設としてサン・ピエトロと地下で通じている、まさにローマの要塞。それだけで魑魅魍魎がうごめく夜のローマが印象づけられ、主人公の全員が絶命を遂げる悲劇が完結するわけです。ローマを歩いていると、この3つの舞台を結ぶ線がテヴェレ川に沿うジュリア通りであることに気づきます。貴族の豪邸が立ち並ぶこの美しい小径も、夜は闇が深く、多くの暗殺者が暗躍したにちがいありません。人間の持つ尊厳や愛の深さと、それを一握りで潰してしまう権力の暴力性といった二律背反。とはいえ、芸術はそのような構図を明らかにするために存在するものではありません。歴史に翻弄される人間の強さと脆さ、限りある命、気高さと愚かさ、愛と憎しみ、飢え、葛藤を精いっぱい描くことで、生きたこと自体の証をするのが芸術です。芸術(art)の語源はラテン語のarsで、自然に対置される人間の、生きていくための「術」。《トスカ》は紛れもなく稀代の天才ジャコモ・プッチーニの仕事です。

 
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Jury of the 1st Liszt International Music Competition in Roma (Day 1)

28/11/2018(Roma)
ローマのハンガリー文化アカデミー(ファルコニエーリ宮)を会場にして、第1回リスト国際音楽コンクールが開催しました。テヴェレ川に沿った歴史ある美しい建物に、リストを主にした作品が響きます。審査員はイシュトヴァーン・セーケイ(スペイン、カタリーナ・グルスカ音楽学校)、ユリアンナ・キッシュ(ハンガリー、ダヌビア・タレンツ音楽監督)、ロベルト・ガレット(イタリア、サンタ・チェチーリア音楽院)、ドラホミラ・ビリゴヴァ(イタリア、アルフレード・カゼッラ音楽院)、そして赤松林太郎が務めます。

 
 
 
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Shall we enjoy Italian gelato?

27/11/2018(Roma)
ナヴォーナ広場の界隈で立ち寄った「Gelateria del Teatro」。ローマは言わずと知れたジェラートの楽園。ユリウス・シーザーはアペニン山脈に、暴君ネロはアルプス山中に奴隷を走らせ、運ばせてきた万年雪に蜂蜜や果汁、バラやスミレの花の水などを混ぜたものを愛飲したと伝えられています。1533年にアンリ2世に嫁いだカトリーヌ・ド・メディチは、フィレンツェから菓子職人やアイスクリーム職人をはじめとする多くの料理人を伴い、その婚礼ではイタリアの豪奢な料理が振る舞われました。中でも様々な果物や木の実を使ったシャーベットはフランスの貴族たちを驚嘆させたらしく、その製法は国家の秘法とされたようです。ジェラートはイタリアから各国に伝わり、地中海に浮かぶパルマ・デ・マヨルカでも、300年以上続く「Ca’n Joan de S’aigo」でその歴史の味を堪能することができます。こちらも大好きな老舗。

 
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Roman Pantheon

27/11/2018(Roma)
ラファエロが眠っているパンテオンを訪ねました。この界隈にも多くの神殿跡が残されており、ローマが多神教としての文明を誇っていたことを物語っています。古いギリシア文化からの影響を強く受けたローマは、古来の神々をギリシア神話の神々と同一視する、いわゆる「ギリシア語への翻訳」を行い、ギリシアの12神と相当神として同じ性格を持つことになりました。ギリシア神話の物語を積極的に取り入れたため、ローマ神話はギリシア神話と密接な関係を持っているのです。またローマ帝国の権力の拡大と共に、彼らの神に対応させる形で、服従させた国々の神にも仕えるようになったため、帝国内ではあらゆる神々が崇められ、当時は神殿の数だけでも200あまりあったと言われています。紀元前28年頃に建造されたパンテオンも、当初はこうした神殿の一つにすぎなかったのですが、150年後にハドリアヌス帝がバジリカの背後に天球を模したドームを加えたことで特別な存在となりました。ここで使用されたセメントの技術は、ローマ人がそれまで考えたことのなかった建造物を現実のものにしたわけで、直径・高さともに43.3メートルにも及ぶパンテオンのクーポラは、ギリシアの伝統に何ら追うことのない新しいローマを印象付けました。クーポラの頂上には直径9メートルの天窓が開いており、太陽の動きに従って光の帯がこの円形の建物の内壁を順に照らしていきます。太陽と共に動いているような錯覚は、科学を超えた神秘的な経験として、神々への熱い信仰へと結びついていったにちがいありません。テオドシウス帝が380年にキリスト教をローマ帝国の国教と宣言して以来、ローマ中の神殿は破壊や略奪の対象となりましたが、このパンテオンは聖母と殉教者を祀る教会となったため、無事に世紀を経ることができました。パンテオン界隈はパリ左岸のサン・ジェルマン辺りに似た雰囲気を持っており、美味しそうなレストランが軒を連ねているので、少しずつ通いたいと思います。

 
 
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Rome was not built in a day.

26/11/2018(Roma)
こん棒と獅子の毛皮はヘラクレスのアトリビュート。先ほどの《ベルヴェデーレのトルソ》も毛皮のようなものを敷いていることから、ヘラクレスではないかと想像できるわけです。〈円形の間〉に移ると、部屋の中心に置かれている直径13メートルの赤い水盤が圧倒的な存在感を示します。彫刻に適した白い大理石はトスカーナ地方のものが主で、黒曜石はエジプト産。しかし一枚岩の紅大理石ともなると、大変に貴重なものです。そしてこの部屋で異彩を放つのは、金メッキが施された《ヘラクレス像》。ブロンズは溶かされて武器に転用されることが多かったので、このようにオリジナルが残っているケースは珍しいとのこと。この像は1864年にカンポ・デ・フィオーリ広場に面したポンペイ劇場の中庭で発見されたものですが、ブロンズゆえに落雷を受け、ローマの習慣に従って生贄の子羊と共に埋葬された過去を持ちます。ローマ人の雷嫌いはどうやら古代から続いているようです。1779年にミケランジェロ・シモネッティによって完成された〈円形の間〉はパンテオンを模しています。ヴァチカン美術館内の庭園は松ぼっくりのブロンズが置かれていることから〈ピーニャの中庭〉と呼ばれていますが、この巨大な松ぼっくりはそもそもパンテオンの入り口にあった噴水で、入る者の身を清めるためのものだったと言われています。多神教だったローマにおいて「豊穣」は何よりも重要なことで、その象徴である松ぼっくりはローマの代名詞にもなっていったわけです。ローマは一日にして成らず。

 
 
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第2回ダヌビア・タレンツ国際音楽コンクール(ハンガリー・ヴァーツ)のレポートを執筆しました。
 

2017年の新譜CD《インヴェンションへのオマージュ》(キングインターナショナル)です。
 

インタビューを全面記事で掲載していただきました。
 

〈今月の1曲〉シューマン『飛翔』の練習課題を執筆しました。
 

特集「コンクール奮闘記」にて執筆しました。また、インタビュー記事や多摩で開催された「CASIO Music Baton」のレポートも掲載されています。
 

特集「“聴く”ってなあに?」にて執筆しました。また、台湾で開催された「CELIVIANO Grand Hybrid」のレポート記事も掲載されています。
 

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2017の出演について、また京都で開催された「CASIO Music Baton」のレポートも掲載されています。
 

特集「今どき!電子ピアノ事情」にて執筆しました。
 

特集「はじめての先生に教えたい!コンクール活用術」にて、ピアニストのプログラム構成法について執筆しました。
 

「ピアニストが語る2017年春夏のスケジュール」にて執筆しました。
 

新譜CD《そして鐘は鳴る》について、インタビューを全面記事で掲載していただきました。
 

特集「フィギュアスケートを彩るクラシック」にて執筆しました。また、ベストドレッサー賞の授賞式における演奏についてレポート取材が掲載されています。
 

金沢での「CASIO Music Baton」についてレポート取材が掲載されています。
 

2016年の新譜CD《そして鐘は鳴る》(キングインターナショナル)です。
 

初執筆のエッセイ本《赤松林太郎 虹のように》(道和書院)です。
 

表紙&巻頭インタビューが6頁にわたり掲載されています。
 

導入期のペダリングについて執筆しました。
 

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2016の出演についてレポート取材が掲載されています。
 

特集「私のピアノ黎明期」にて、幼少時代(写真付)のことを執筆しました。
 

飯田有抄さんにモデルレッスン生を務めていただき、対談形式でレッスンの様子が6頁にわたり掲載されています。
 

誌上講座にてシューマン作品の指導法「ポエジーこそがシューマンの魅力であり演奏の難しさでもある」を執筆しました。
 

2014年の新譜CD《ピアソラの天使》(キングインターナショナル)です。
 

「きものMyStyle」拡大版で掲載されています。


2014年の新譜CD《ふたりのドメニコ》(キングインターナショナル)です。
 

「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」第4回が掲載されています。エッセイと共に、冬のコレクションをお楽しみ下さい。


「レッスン密着レポ」で5頁特集されています。


「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」第3回が掲載されています。エッセイと共に、秋のコレクションをお楽しみ下さい。


「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」第2回が掲載されています。エッセイと共に、夏のコレクションをお楽しみ下さい。


「闘うピアニスト・赤松林太郎のきもの語り」という連載ページが始まりました。エッセイと併せて、私のきものコレクションそお楽しみ下さい。


男のきもの特集で「おしゃれ達人の『男』の着こなし」として1頁取り上げていただきました。


2010年の新譜CD《My dear Hungary!!》です。


等伯没後400年の2010年、彼の代表作『松林図屏風』に寄せたエッセイが「別冊太陽」(平凡社)で掲載されました。


別冊付録「プチ・モス」の表紙になりました。


メジャーデビュー公演前に、インタビューを全面記事で掲載していただきました。